消えた、いいわけ

碧絃(aoi)

消えた、いいわけ

 春の暖かい風をふわりと感じる、小学校のグラウンド。


 満開の桜の下で、ブランコに乗っている女の子を見つけた。


 小学5年生の僕と同じか、もしかすると下の学年なのかも知れない。


 桜と同じ、薄いピンク色のワンピースを着た女の子は、

 キィ キィ と、同じ間隔でブランコをいでいる。


 ブランコが揺れる度に、肩まである茶色の髪も、一緒に揺れる。


 なんだか目が離せなくて、僕はじっとその子の事を見つめていた。

 すると、ふと、ある事に気が付いた。


 学校の中にあるブランコなのに、女の子は制服を着ていない。


 ———なんであの子は私服なんだろう……。

 一度気になり出したら止まらなくなり、僕は女の子の方へと足を踏み出した。


 制服を着てない理由を、女の子に直接聞こうと思ったのだ。


 すると後ろから、

「こら、早く並びなさい!」と大きな声が飛んできた。


 どうやら今から朝礼があるらしい。

 声の主は教頭先生で、僕が先生の方に目をやると———、

 

 教頭先生が腰に手を当てて、仁王立ちをしているのが見えた。


 教頭先生は、僕から視線を外さない。

 すぐに行かないと、次は本気で怒られそうだ。


 ———はぁ、めんどくさいな……。


 そして、もう一度ブランコの方を向くと、女の子の姿はもうなかった。


 ———なんで制服を着てないのか、聞きたかったのにな。


 そう思ったが、追いかける訳にもいかないので、僕は仕方なく、朝礼の列に並んだ。



 校長先生の話はいつも長い。

 まだ早い時間で目が覚めていないのに、余計に眠くなる。


 次第に視界がぼやけ、頭がブランコと同じように揺れ出した。


 必死に目を開いて他の生徒を見ると、皆真っ直ぐに立って、ちゃんと話を聞いている。

 本当に偉いと思う。


 ———僕も、ちゃんとしないと……。

 そう思いながらも僕は段々と目をつむってしまい、一瞬、夢を見た。


 あの女の子と一緒にブランコに乗っている夢だ。


 女の子は何か言っているが、白いもやの中に声が響いて、

 よく聞き取れなかった———。




 そして放課後、1人でグラウンドに出ると、


 キィ キィ と、音が聞こえてきた。


 すぐにそれがブランコの音だ、と気付いた僕がそちらを向くと、ピンク色のワンピースを着た女の子がブランコを漕いでいる。


 朝礼の前に見かけた女の子だ。


 今度こそ、制服を着ていない理由を聞こうとして、僕が女の子の方に歩き出すと、

「おい、一緒に帰ろうぜ」と、突然呼び止められた。


 僕が振り向くと声の主は、1番仲がいい友達だった。


「うん。いいけど、あの子がなんで制服を着てないのか気になってさ。朝、聞こうとしたら、教頭先生に呼ばれて聞けなくて———」


 僕がブランコの方を向くと、女の子はまた消えていた。


 ———あれ? 今さっきまでそこにいたのに……。

 辺りを見回しても、女の子の姿はない。


 ブランコだけが、キィ キィ と、音を出しながら揺れている。


 すると、

「お前何言ってるんだ?」友達が眉間みけんしわを寄せた。


 一瞬呆気に取られてしまい、僕は何も返せなかった。

 しかし、その友達の反応で、もしかするとあの子は生きている人間ではなかったのかも知れない、と思った。


 友達には、女の子の姿が見えていなかったのだ。


 だとしたら女の子のことを口に出してはいけなかったと、僕は焦った。

 ———なんとか誤魔化さないと。必死に考えを巡らせる。


「あぁ、先生と見間違えたかも! ほら、先生って、制服着てないからさ……」


 こんないいわけは通用しないと、自分でも分かっている。

 焦りと緊張で、一気に汗が吹き出した。


 すると、

「女の子は転校生だろ」友達は呆れた顔で僕を見た。


「あぁ、なんだ、そうなんだ……」


 いいわけの意味はなかったが、あのブランコを漕いでいた女の子が幽霊じゃなくてよかったと、胸をで下ろした。


 ———転校生だから、まだ制服を着ていなかったのか。


 そして、帰る為に歩き出そうとすると友達に、おい、と呼び止められた。


「何?」 


「お前、朝礼で校長先生が言ってたこと、ちゃんと聞いてなかっただろ」

 友達は冷たい視線を僕に向ける。

  

 友達の言う通り、僕は眠くて、校長先生の話を全く聞いていなかった。

 しかし、そんなことは言えないと思った。


「えっ? いや、ちゃんと聞いて———」

 また僕がいいわけをしようとすると、友達がその言葉をさえぎった。



「教頭先生、昨日事故で死んだんだってさ」



 頭の中にあったものは全て消え去り、夕方の冷たい風に乗って、


 教頭先生の「早く帰りなさい」という声が、聞こえた気がした———。

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消えた、いいわけ 碧絃(aoi) @aoi-neco

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