言い訳しないでください、探偵さん!

仲野ゆらぎ

ようこそ探偵アパートへ

 四月はじめの多摩川たまがわでは、桜の花びらが空を埋め尽くし桃色にそめ上げている。


 東京都立川たちかわ市某所。

 住宅地のはずれにぽつんと立っている、あるアパートにて。


「どういうつもりですか? 掛田かけださん」


 分島わけしま亜子あこ

 この春から進学をきっかけに上京し、アパート203号室でかがやかしい新生活を始めた、かけだしの女子高生〝探偵〟である。


 その203号室には入らず、代わりに亜子が立ち寄ったのは階段を降りた101号室。

 101号室へ、亜子とほとんど同じ時期に移ってきたのは、このアパートの〝大家さん〟にして〝探偵〟の男──掛田だ。



 慌ただしく駆けてきた亜子がインターホンを何度も何度も鳴らせば、掛田はかなりのんびりした調子で扉を開けた。


「おかえり亜子」


 亜子がにらみを効かせながら玄関へずいと押し入っても、掛田は堂々としている。

 スーツジャケットのポケットに手を突っ込んで、


「入学式ってずいぶん早くに終わるんだね。高校はどうでした亜子さん? クラスの子と仲良くやれそう?」

「呼び捨てなのか『さん』付けなのか、どっちかにしてください紛らわしい!」


 へらへらと笑いかけられれば、亜子はもっと怒りの感情をふくらませた。


「俺は〝大家さん〟と〝探偵〟のふたつ仕事があるから、時と場合によって言い分けたいんだ、一応ね」


 ではなくをする掛田。


「ほら、ここ数週間でから。僕も新しく住んでくれる〝探偵〟を探すのに手一杯で……」

「『俺』なのか『僕』なのか、どっちかにしてくださいメンドくさい! ぜんっぜん言い分けられてないじゃないですか!」


 足踏みする亜子の鋭いツッコミは、さながら犯人を追い詰める名探偵だ。

 そして実際のところ、亜子の中で掛田はとっくにある事件の容疑者でもあった。


「掛田さん。あなたが犯人ですよね?」

「うん? ……なにがでしょう」

「とぼけないでください。自分の部屋に入れないんですよ!」


 亜子が手に握り込んでいたのは203号室の鍵である。

 高校の入学式から帰ってきたは良いものの、昨日までは出入りできたはずの203号室が、なぜか鍵を使っても開かないのだ。

 そもそも、今朝は部屋を出る前にちゃんとこの鍵で戸締まりした記憶もあった。


「おや、それは困りましたねえ。……でも、なぜ僕が犯人だと?」


 掛田はずっと怒り散らかしている亜子をおもしろそうに見下ろしながら、もう少しだけしらばっくれてみる。


「決めつけないでほしいなあ。もうちょっと試してみたら? ……ていうか、もしきみが自分で鍵を壊しちゃったんなら合鍵のお金は自分で払ってくださいね」

「壊してません。決めつけもなにも、あなたが〝大家さん〟だからに決まってるでしょうが! 推理不要、証明完了!」


 どうやら亜子の推理はなにを言われようが揺るがないらしい。


「そもそも、鍵が開く開かない以前の問題なんです! 朝までは普通に鍵穴を通ったはずのこれが、穴に通りもしないんですよ! つまり……」


 鍵を鍵穴へ差し込むように、亜子は今やただの鉄くずと化してしまった鍵を掛田へビシッと突き出す。


「私が高校へ行っているたったの数時間で、んです! こんな馬鹿げたこと〝大家さん〟の掛田さん以外に誰がやるって言うんですか!」

「なるほど。でも俺がそんな意地悪をする理由は?」



 対する掛田は、いまだに亜子と話すときの一人称や口調が揺れまくっていた。


 今の彼は〝大家さん〟なのか〝探偵〟なのか、はたまた〝犯人〟なのか。──本当に誰なんだよお前は! 何回〝犯人〟になるつもりだよ! そろそろ〝探偵〟らしい行動を取ってくれ!(by作者)



「すべての犯人には必ず〝犯行動機〟があるわけで」

「事件の〝ナゾ〟よりも明白でしょう?」



 亜子は鍵を持っていないほうの手のひらを掛田へかざした。


 ──〝探偵〟を名乗っている限りは誰しもが一度は使いたいセリフ(※作者調べ)第3位「明白だ・明白です」をさりげなく言い放ちながら。

 ちなみに第2位は「犯人はお前だ!」で、第1位は「証明完了QED」。



「たいていのアパートは、決まりがあると思うんです。ただでさえボロくてセキュリティ甘い建物なんですから、〝大家さん〟として当たり前のお仕事ですよね?」

「……書類上の契約としては」


 肩をすくませ、ようやく観念したのであろう掛田は、正真正銘の言い訳を始める。探偵に追い詰められた犯人あるある「弁明の余地はない」。


「亜子さんは四月上旬からの入居ということになってるから、僕の職務怠慢にはならないはずなんですよ、一応。しょうがないだろう、知っての通りこの数週間はめちゃくちゃ忙しかったんだ」

「しょうがないで済ませるくらいなら、もう〝探偵〟辞めたらどうですか? それか〝大家さん〟を」

「見逃してよ。〝真のホンモノ探偵〟は刑事とかと違って、ごめんなさいした人をちゃんと許してあげるのも大事なお仕事だと俺は思っているんだからさ」


 言い訳しながら、掛田はずっとポケットに入れっぱなしだった手を抜き出す。その手には新しい203号室の鍵が握られていた。

 さっそくひとつの事件を解決してみせた亜子へ、掛田はにっこりと。


「改めて、ようこそ『探偵アパート』へ」

「いやそんなセリフでごまかされませんけど?」




真のホンモノ探偵〟はやはり、正しさをつらぬく職業でなくちゃね。

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言い訳しないでください、探偵さん! 仲野ゆらぎ @na_kano

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