アンラッキーセブン

丸毛鈴

アンラッキーセブン

《アンラッキーセブン。それは、七つの不運を背負った子どもたち。

貧しさ、ひもじさ、病に欠損、離別に孤独、そして死。

 それぞれ不幸を背負った六人は、戦争で死んでしまった仲間の想いに背を押され、北斗七星を目印に、七つの海をわたり、七つの不運からほかの子どもたちを救い出す。


 貧しき国では、豪遊する王族の金庫にネズミのように忍び入り、山のような宝石をばらまき、

 飢えたる国では……。》


 男は白い息を吐きながら、そこでペンを置く。


――飢えたる国で……彼らはどうやって戦う。


 考えるうち、「飢えたる国」の子どもたちに負けず劣らず、男の腹が鳴る。お情けでもらったパンくずを水でふやかして食べる。それでも想像力が枝葉を伸ばしている間だけは、空腹もそれほど気にならない。


――飢えたる国は、南の国だ。


 男はところどころ欠けた土壁に貼った、しみだらけ、つぎはぎだらけの世界地図を見る。そこには不器用な線で、子どもたちの航路が書き込まれている。


――農園で働かされている子どもたちがいて……そこへやってきたアンラッキーセブンが……。


 やはりそこでペンが止まる。そもそも南の国では、どんな植物が生えて、どんな農園があるのだろう。


――明日、図書館へ行ってみよう。


 男は口元に笑みを浮かべ、カビだらけのマットレスの上、ボロ布にくるまって眠りについた。


  図書館は清潔で、静けさに満ちていた。


「く、果物。み、南の国で、とれる、果物、知りたい、です」


どもりながらしゃべる男に、司書の女性は顔をしかめつつ、「外国のことでしたら、こちらに」と、書庫に案内した。すれ違う人はみな、男を見てぎょっとするか、顔をしかめるか。鼻をつまむ者もいた。男は丸まった背をさらに丸めて、司書のあとにつづいた。恥ずかしく、いたたまれず、みじめだった。それでも――。


 案内を終えた司書が去ると、男は礼を言うが早いか、書物を手に取る。知らない国の、動物や植物、風習。どこかにあるかもしれない楽園。そんなものが書かれたページをめくることの、なんと楽しいことか。


「南では、オレンジっていう果物がとれる……」


 家に帰った男は、新しい一文を書きつける。

《オレンジ農園で働く子どもたちと友達になったアンラッキーセブンは……》

 幼いころ、読み書きを教えてくれたボランティアに心底感謝するのは、そんなときだった。


 そんなふうにして、男は書いた。町の片隅でつづけていた掃除の仕事をクビになった。それでも書いた。幼いころの病気で曲がったままの指に力が入らなくなった。それでも一文字一文字しがみつくようにして書いた。

 ほんとうはこの物語を、子どもたちに読み聞かせたかった。一度、それを試みたことがある。でも、さんざんだった。子どもは男の容姿を見て泣き出し、大人からは人さらいとののしられて石を投げられた。誰にも届かないと絶望した。それでも書いた。

 街中から拾い集めたくず紙の裏で、アンラッキーセブンの子どもたちが、貧しさを、飢えを、病を、欠損を、離別を、孤独を、駆逐していく。


 でも、死は……死は、どうしたらいいんだろう。男は考える。不幸にして死ぬ。そんな運命にさらされた子どもを、どう救えばいいんだろう。男の脳裏に、うんとちいさいころのことがよみがえった。まだ男が病気になる前、仲よかった男の子。「明日も遊ぼう」と約束したのに、地雷がそのちいさなからだを吹き飛ばした。


 あの男の子が死なない世界。自分に石を投げる悪ガキどもも飢えない世界。誰も寒さに震えることのない世界。紙の上に、男はそんな世界を作りたかった。


 くず鉄を拾いながら、残飯をあさりながら、男は考えつづけた。夏なのに手がかじかむ。下痢が続く。やがてだるくなって起き上がれなくなり――。男は鉛筆を握りしめて息絶えた。


 家賃を取り立てに来た大家は、死体となった男と、膨大な数の紙片を発見した。


*****


「アンラッキーセブンのお話は、ここで終わっています。病気、戦争……いろんなことで命を落とす子どもはたくさんいます。アンラッキーセブンはどうしたら子どもたちを救えると思いますか?」


 真っ先に挙手したあの子を、教師があてる。いつも髪をきれいになでしつけて、上等の服を着て、パパは社長だもん、が口癖のあの子。


「ええと、ひとは空気がよくて清潔だと長生きできるって聞きました。スラムをつぶしたら、街もきれいになって」

「スラムのひとだって、がんばって生きているんです。もっとよく考えて。次、だれか」


あの子はニヤニヤしながらわたしを見て発言したし、教師はあきらかにわたしのほうを見て、適当にさえぎった。


――がんばって生きてる、じゃねえよ。


 イラっとするけど、そんなものはおくびにも出さない。「スラム出身のわりには品よくおとなしい」。そうやって油断させなきゃ、上にはいけない。


 何よりイラっとするのは、教科書の「アンラッキーセブン」は、肝心な部分が抜けていることだ。悪い王様をコテンパンにしたり、貧しい人をこき使う金持ちから宝石を奪ってばらまいたり、肌の色で誰かを踏みつけるヤツがひどい目にあったり。そういうことは、ぜんぶ抜かれている。わたしはそれを知っている。わたしだけじゃない。スラムの子ならみんな知ってる。ぜんぶ読み聞かせてもらったから。

 

 アンラッキーセブンのお話のつづき。どうしたら子どもたちを救えるか。わたしはそれを知っている。だからここにいる。スラムのみんなが集めてくれたなけなしのお金と奨学金で、お上品なやつらにまじって勉強している。


 学をつけて、わたしが世界を変えてみせる。七つの不幸をなくしてみせる。わたしが「アンラッキーセブン」になってみせる。


《アンラッキーセブン。それは、七つの不運を背負った子どもたち……。

 彼らは北斗七星を目印に、七つの海をわたり、七つの不幸からほかの子どもたちを救い出す。》


 わたしは目を閉じて、心の中で暗唱する。そのたびに、誰が書いたかわからない物語が、わたしに力をくれる。

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アンラッキーセブン 丸毛鈴 @suzu_maruke

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