スロットマシーン
岡本梨紅
第1話
ある町に古い木造建築の駄菓子屋がありました。ここ最近、駄菓子屋は姿を消しつつありますが、この駄菓子屋、「七」は、近くに小学校や中学校、さらに公園があるため、よく子どもたちが訪れ、駄菓子を買っていきます。
「なぁ、ばあちゃん。あの奥の扉ってなに?」
「あれ、トイレ? だったら行きたいんだ。実は、ずっと我慢しててさ。公園のトイレってあまりきれいじゃないから、入りたくなくて……」
「あらあら。行きたいなら早く言いなさいな。我慢は体に毒よ。靴を脱いでこっちにおいで。すぐそこの扉がトイレだよ」
「ありがとう!」
トイレに行きたがっていた少年は、すぐさま靴を脱いで、お婆さんの横をすり抜けてトイレに駆け込みました。
「ばあちゃん、あそこがトイレじゃないなら、いったいなに?」
「駄菓子の在庫保管庫だよ」
「なーんだ。実は秘密の扉で、異世界に繋がってるとかじゃないんだ」
「残念ながら違うねぇ。そんな扉があるなら、おばちゃんも行ってみたいねぇ」
「ばあちゃん、トイレありがとう!」
トイレに行っていた子が戻ってきました。
「じゃあ、ばあちゃん。また来るな!」
「お邪魔しましたー!」
二人はすでに駄菓子を買い終えていたので、店主のお婆さんに手を振って、出ていきました。それからもちらほらと、子どもたちが駄菓子を買いに来ます。中には小学生と中学生の間で友情が育まれることもあり、お婆さんはいつもそれを微笑ましく見ていました。
夕方になると、子どもたちは家に帰ってしまうため、普通の駄菓子屋であれば店を閉めてしまいます。ですが、七は違います。七は、夜遅くまで店を開けているのです。
駄菓子屋といえば子ども、と連想しがちですが、七の商売相手は子どもだけではありません。
夜も更けたころ、薄汚れて裾もボロボロな服をまとった男が、七の店の前に立ちました。彼は河川敷の高架下に住むホームレスでした。
「ここが、例のもんが置いてあるっていう駄菓子屋か?」
ホームレス仲間の間でとある噂が流れていました。それを確かめるために、駄菓子屋七にやってきたのでした。
男は煌々と光る引き戸を開けます。
「いらっしゃい」
そこには、一人のお婆さんがいました。昼間、子どもたちの相手をしていた七の店主です。
「婆さん、ここにタダでできて、おまけに金が出てくるっていうスロットマシーンがあるって聞いたんだが」
「ありますよ。そこの奥の扉に。狭い場所に一台だけしかありません」
「本当にタダなんだろうな? あとから、金を請求するってことはねぇよな?」
「もちろんです。なんならやってごらんなさい。今日は空いてますから」
男は不審に思いつつも、お婆さんに示された駄菓子屋の奥にある扉を開けました。そこは一畳分の広さしかなく、奥に光輝くスロットマシーンが置いてありました。
「マジでありやがった」
ホームレス仲間の間で流れている噂。それは駄菓子屋七の奥の扉に、当たれば現金がでてくるというスロットマシーンが置いてあるというものでした。しかし、その話をしてくれたホームレス仲間は、ここ最近、顔を見ていません。ホームレスの中にはよく寝る場所を変える者もいるので、男は話を教えてくれた男が姿を見せなくなったことに、疑問は抱きませんでした。
男は扉を閉めて、恐る恐るスロットのレバーを手前に引きます。すると1から9の数字が書かれたスロットが回り始めました。しばらく輝きを放ちながら回っていたスロットは止まり、2が斜めで揃っていました。すると通常ならコインが出てくるところから、100円玉が6枚、落ちてきました。
「本当に金が出てきやがった⁉」
男は驚いて思わず立ち上がりました。
「そうか。こいつのことを話してくれた奴は、これで金を稼いで、ホームレス生活とおさらばしたってわけか。けっ。にしては顔を見せもしねぇなんて、冷てぇ奴だったんだな」
男は座り直し、何度もスロットを回しました。なかなか大きな数字は当たりませんが、小さい数字の当たりの回数を重ねていき、今日だけで2600円の儲けを得ました。
「地道に缶拾いなんかで金を稼ぐより、賽銭箱を漁るよりも、いい金儲けできるじゃねぇか」
ひとまず、満足した男は店内に戻りました。お婆さんはにこにことした顔を男に向けました。
「嘘じゃなかっただろう?」
「おう。いい金儲けさせてもらったぜ。また来る」
「お仲間さんにも広めておいてくださいな。あんたもお仲間に教えてもらって、ここに来たんだろう? じゃないと、今日得た金額、返してもらうよ」
「別に教えるくらいかまわねぇよ。いい金儲けの場所があるって、広めておいてやるよ」
そう言って、ホームレスの男は帰っていきました。
それからというもの、夜になると男は店にやってくるようになりました。
「おう婆さん、今日もやり来たぜ」
そこへいつものホームレスがやってきました。
「いらっしゃい。好きなまでおやりよ」
「へへっ。じゃあ、今日も楽しませてもらうな」
ホームレスは店の奥の扉の中に入っていきました。そこはこの間の昼間、店に来た男の子に在庫保管庫だと教えていた場所です。でも実際には、スロットマシーンが設置されている、ある意味、子どもには教えられない秘密の部屋です。
スロットマシーンの前に座った男はさっそくレバーを手前に引きました。
「当たれ! 当たれ!」
男は声を上げて当たることを懇願します。しかし、一回目は揃うことがありませんでした。
「チッ! もう一回だ!」
男は再びレバーを引きます。光を放ちながら回転するルーレット。今度は1が斜めで揃いました。すると、ジャラジャラと300円が落ちてきました。
「三百円だけかよ。まぁ、ねぇよりマシだけどよ」
男は文句を言いながら、ボロボロの上着のポケットに300円を入れます。
金を持たないホームレスにとってはいい小遣い稼ぎであり、娯楽の一つでした。
その後も男は何度も何度もチャレンジして、今日の稼ぎは3000円になりました。
「こんだけ集まれば、上々か」
ホームレスの男は、ようやく部屋から出てきました。
「今日の稼ぎはどうだい?」
「3000円だよ。これでスーパーとかの半額時間を狙っていけば、なんとかなるさ。また生活に困ったら来るよ」
男が背を向けて歩き出そうとしたとき、「お待ちよ」とお婆さんが声をかけました。
「あのスロットを当たりやすくするには、お金を入れるんだよ」
「は? あれに金を入れるところなんてあるのか?」
「わかりにくいけど、下のところにね」
「金を入れたら、どうなるんだ? それで外れたら俺は生活が出来ねぇんだぞ!」
男がお婆さんに迫って間近で怒鳴ります。ですが、お婆さんは顔色を変えず、にこにこと笑って教えてやりました。
「お金を入れたら、当たる確率が当然高くなるよ。たくさんお金を入れれば入れるほど、当たる確率が高くなる。ちなみに、一番いいのは『7』を横一列で揃えることだよ。斜めじゃなく、横一列じゃないとダメよ」
お婆さんの助言に男は目を輝かせました。
「それって、大金が手に入るってことか⁉ ラッキー7だから、8や9が揃うよりもでかい金が‼ だから、ここを教えてくれた奴らはみんないなくなったんだな! 一攫千金を手に入れたから‼ なんだよ、それを早く言ってくれよ! でも3000円じゃ少ねぇかなぁ……」
「今手に入れたお金を入れるかどうかは、お前さん次第だよ。今までみたいに地道にお金を稼ぐか。なんとかして、職を手に入れるんだね」
「誰が二度と働くか! 俺はブラック企業で心を病んじまったんだ。だから俺は二度と働かない!」
「そうかい。それもあんたの自由だよ」
「とにかく、今日は帰る!」
男は荒々しく引き戸を閉めて帰っていきました。
「……今回の獲物は、なかなか悪運が強いのかもしれないねぇ」
お婆さんはそう言って立ち上がり、ようやく駄菓子屋のシャッターを下ろして、今日の営業を終わらせました。
翌日も、昼間や夕方になると子どもたちでにぎわいます。今日は、男子中学生がゲームを持ってきており、小学生たちも含め、店先のベンチに座り、ゲームに夢中になっていました。
「お婆ちゃん、当たったわ!」
一方、店内では女の子たちがおり、きなこ棒を食べていた子が、袋の裏に小さく書かれている当たりのマークを見つけて、お婆さんに差し出しました。
「あら。見つかっちゃったわね。それじゃあ、好きなお菓子をあげようね」
「好きなお菓子は決まってるわ。きなこ棒よ!」
この女の子はきなこ棒が大好きで、買うお菓子はほとんどそれだけで、たまにゼリーや飲み物を買ったりします。
「でもお婆ちゃんいじわるだわ。当たりの印がこんなに小さいんだもの」
「昔はね、きなこ棒に楊枝を指して、その楊枝の先が赤かったら当たりっていう形にしていたんだけど、今は衛生的に悪いって言われちゃう世の中だからね。だから袋に当たりのマークを付けることにしたのよ」
「そうだったんだぁ」
お婆さんの話を聞きながら、きなこ棒の袋を吟味していた女の子は、やっと決心がついたのか一つ選び取りました。袋の裏を確認しますが、今度ははずれでした。
「あ~あ。外れちゃった……」
「それは残念だったねぇ」
本気で残念がる女の子に、お婆ちゃんは微笑ましそうに、にこにこと笑いました。
「でも、当たりばかりでると、おばちゃん、困っちゃうからねぇ」
「なんで?」
「だって、タタでお菓子をあげるんだよ? やっぱり売り上げがないと、お店を続けるのが厳しくなっちゃうの。そうなると、お店を閉めなきゃいけなくなっちゃうからねぇ」
「そんなことさせない。その分。みんなでいっぱい買うもん! 今度、ほかの友達もたくさん連れてくるからね!」
「ありがとう。ここが賑やかになることが、一番、私は嬉しいよ」
女の子の言葉に、お婆さんはよしよしと頭を撫でてあげました。
やがて、日も沈み始める時間になり、子どもたちはお婆さんに手を振って帰っていきます。お婆さんも「気を付けてお帰り」と見送りました。
そして夜も更けてきたとき、またいつものホームレスがやってきました。しかし昨日と違うのは、誰かと派手に喧嘩でもしたのか、顔が腫れていて、頭からはハンカチで抑えていますが、血を流していました。
「あんた、なにをやったんだい?」
「ガキどもの悪ふざけってやつだよ。オヤジ狩りってやつだ。ホームレスなら、生きてるだけでゴミだってよ」
「うちに来る子たちは、みんないい子たちばかりだけど、そういう酷いことする子たちもいるんだねぇ。あんたも災難だったね。手当てしてあげるから、ここに座ってな」
お婆さんは部屋の奥から救急箱を取り出して、男の手当てをしてやりました。
「ありがとよ。それより、襲われた後、俺がどうしたと思う?」
「どうしたって、なにかしたのかい?」
「俺はそいつらを返り討ちにしてやったんだよ。それで、そのガキどもから金を巻き上げてやったんだぜ!」
誇らしげに言う男に、お婆さんはため息をつきました。
「誇らしく言うんじゃないよ。同情して損したじゃないか」
「だが、今時のガキは結構な金を持ち歩いているんだな。襲ってきたのは4人組の高校生くらいのガキだったんだが、合わせて2万5千円だ! そんで、昨日の俺の稼ぎを合わせると3万近い金ってわけだ」
そこでお婆さんは悟りました。
「あんた、そのお金をスロットに入れるつもりだね?」
「あぁ! こんだけの大金を入れるんだ。そうすりゃ、当たるだろ?」
「私が言えるのは、あくまで当たる確率が高くなるということだよ。でも、それだけのお金なら、あり得るかもしれないね」
「よっしゃ! 俺はこの金で一攫千金を狙うんだ!」
男は奥の扉へと走っていきました。
「……今日は、当たるかもねぇ」
お婆さんはにこにこと笑いながら、湯呑にお茶を注ぎ、ズズズッとすすりました。
奥の部屋に入った男は、スロットの下のほうを探りました。
「お! ここに金を入れるのか」
男はポケットから全財産を取り出しました。
「俺のなけなしの金だ。絶対に当ててくれよ~」
男はお金を投入しました。スロットになにか変化は起こる様子はなく、男は立ち上がって、一番初めのころのように、恐る恐るレバーを手前に引きました。
スロットが光を放って回り始めます。左から順番に「7」「7」と止まりました。
「止まれ! 頼む、『7』に止まってくれ! 俺のこれからの人生がかかってるんだ!」
男の懇願に答えるように、右端がゆっくりと「7」で止まりました。
「よっしゃあ! 当たったぞ‼」
ですが、スロットはいつものようにお金を出しません。男は不審に思います。
「お、おい。まさか壊れたとか、言わねぇよな? 横一列で『7』が揃えば当たりじゃなかったのかよ!」
「おや? 当たったかい?」
いつの間にか、お婆さんが扉を開けて立っていました。
「おいババァ! 俺はなけなしの全財産をこのスロットに入れたんだ! あんたの言った通り、横一列で『7』を揃えた! でもなにも起きねぇじゃねぇか!」
「これからだよ。ほら、見てごらん?」
「へ?」
お婆さんに言われた通り、後ろを振り返ると、スロットが真ん中で真っ二つに分かれていました。そこにはたくさんの数えきれないほどの鋭い歯が並んでいました。
駄菓子屋七に置いてあるスロットマシーンは、人喰いの化け物だったのです。ですが、化け物として意識を覚醒するときは、「7」の数字が横並びで揃う時だけ。つまり、男は一攫千金を狙っていましたが、化け物の意識を覚醒させてしまったのです。
「ひぃっ⁉」
男は恐怖で言葉がつまり、その場で尻もちをつきました。
「その子はね、普段は大人しくて、ゾロ目が揃うとお金を落としてくれるいい子なんだ。だけどね。『7』が横一列に揃ったときだけ、化け物になるんだよ」
「七に言ってやがる! そ、そんなことより、た、助けてくれ!」
「あんたには、その子の餌になってもらわないと困るんだよ。あんたを食べれば、その子はお金を私にたくさん恵んでくれるんだ」
「へ⁉ ま、まさか、この話を教えてくれた奴が姿を消したのって……」
「このご時世、駄菓子屋をやっていくのは、なかなか大変なんだよ。あんただって、今日を生きるので精一杯だろう? それにオヤジ狩りにも遭う始末。もう、この世に未練はないんじゃないのかい?」
「そ、そんなことねぇ! 俺はまだ生きていきてぇよ!」
そう叫ぶ男の胴体に、分厚い化け物の舌が巻き付きました。
「ひぃぃぃ⁉」
「大丈夫だよ。痛みなんて一瞬さね。あんたが出してくれたのは、私にとってはラッキー7。あんたにとってはアンラッキー7だっただけさ」
そう言って、お婆さんは無情にも扉を閉めてしまいました。
「おい! 頼む、助けてくれ‼」
男がなんとかドアノブに手を伸ばして回しますが、お婆さんは扉が開かないように鍵を閉めていました。するとふわりと男の体が浮きます。
「や、やめっ⁉ ぎゃああああ‼」
そのまま男は長い舌によって、スロットマシーンの真っ二つに割れた体の中に引きずり込まれ、鋭い歯で原型をとどめることもなく噛み砕かれてしまいました。もしゃもしゃと咀嚼していたスロットマシーンですが、食べ終わるといつもの姿に戻りました。そして大量のお金を吐き出し口から、ジャラジャラと吐き出します。
少しして、お婆さんは部屋の鍵を開けました。部屋一面に広がるお金の山に、お婆さんはにこにこと笑い、足元のお金を拾いました。
「ありがとう。あんたのおかげで、このお店はまだ潰れないですみそうだ。ここは子どもたちにとっての憩いの場。無くすわけにはいかないんだよ。お仲間にも広めてくれたようだし、早く次の人が来てくれることを祈ろうねぇ」
お婆さんは、ほうきとちりとりを持って、部屋の中のお金を集め始めました。
スロットマシーン 岡本梨紅 @3958west
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