7月7日、ゴキブリ出現
酸味
始まり
七夕というのはわたしにとって特別な日だった。
そもそも七夕というものがひどくおしゃれである。笹に願い事をつるして、遠い星々を見つめ、何よりも近く何よりも理解しがたい私自身のことを願う。最も遠いものを見つめて、最も近く最も理解しがたいものについて願い事をするというのは乙なものだと思う。
そのうえわたしに初めて彼氏ができたのが七夕とあっては、七夕がおしゃれで感情が乱れる特別な日となっても不思議なことではないだろう。大学生になり、実家を出て一人暮らしをするような年齢になっても、いまだに七夕は自然と心浮ついてしまう。なんなればあと一か月で夏休みということもあり心はまさしく有頂天。今にも踊りだしたい気分だった。
――ヤツが現れるまでは。
近頃覚えた完璧な化粧を整え、浴衣までもを装備した完全兵装。たてば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合のようと誰しもを言わしむる驚異的な美貌でもってしようもない野郎どもを誘惑すること間違いなし、そう確信したわたしの視界の端に、黒いものが横切った。
一瞬、肩が跳ねる。引っ越ししてから一度も出たことのないあの悪しき魔獣がこの家に襲来してきたのかという、あまりにも悍ましい考えがよぎった。しかしそんなわけがあるはずがない。完璧美人大学生を偽装してきたこのわたしの部屋はハウスキーパーでも雇っているのかと思われるほどに整然とし、ヤツの居着く場所などあるわけがない。
そう思った矢先、今度はカサカサカサ、と確かな音が耳に届く。わずかにおいていたビニール袋に目を向ける。ゆっくりと、そんなことがあっていいはずがない、そう思いながらじりじり目を動かした。ビニール袋を凝視する。きっと風か何かが吹いたのだろう。あるいはビニール袋に入ってる何かがバランスを崩して落ちたりしたのだろう。そうでなければならない。
しかしそこから黒光りするそれが現れた瞬間、そのような期待は打ち破られた。
7月7日、ゴキブリ出現 酸味 @nattou
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