幕間 お礼
普通、華々しく活躍する
そんな
若さ、真新しさはそれだけで”武器”になる。
もちろん
けれど、プロとして活躍するものがいるのにあえて
だから多くの世間一般にとって、ヒナタの活躍は鮮烈な光としてその瞳に映っていた。
おまけに卒業時の成績が歴代最高峰となれば、その超新星ぶりにも拍車がかかろうというもの。
その星が、
巡回中。
純白のマントを靡かせる隊服姿で街を歩けば、ヒナタは立ち所に注目の的になった。
「あ、ヒナタちゃんだ〜!」
巡回路にある公園で鬼ごっこか何かして遊んでいた童女たちが、一斉にヒナタの方に駆け寄ってくる。
あっという間に
「ヒナタちゃん! いつも見てます!」
「がんばってね〜!」
「あの、応援、してます……!」
「握手して〜!」
【
「ありがとねっ」
笑顔で手を振り、あるいは求められる握手に応じ、幼いファンたち一人一人を大切にするヒナタ。
それは、かつて自分も憧れる立場にいたからこそできる、
誰かにとって当たり前の行動が、あるいは大したことのない言葉が。
他の誰かにとって一生の宝になることを彼女は知っている。
はたまた、商店街に見回りにくれば。
「おやまあ、ヒナタちゃんじゃない」
「精が出るわね〜」
「いつもありがとうね」
「はい、これ」
自分の祖母くらいの年齢の淑女がわらわらと寄ってくる。
流石に童女たちほどに距離は近くないが、それでもヒナタの進路を邪魔しない程度には近くまで来て笑顔を渡す。たまに飴とかも渡す。
「あはは……ありがとうございますっ」
その扱いは街の
薄々ヒナタも理解しつつ、好かれること自体は嬉しい。
自分が彼女たちの世界にいることで、少しでも日々を華やかなものにできているとしたら。
それはまさしく彼女の憧れた
ヒナタと
ルイとて歴代最高峰──というか
しかし、彼女と共に市街の巡回をしていても人々の声援はヒナタに向かいがちだった。
理由は、ルイが高嶺の花だから。
高すぎる花には、人は触れがたさを感じるものだ。
もちろん、ルイ(今日は非番)の人気がヒナタのそれに劣っているというわけではないし、そもそもあの氷狼はそんなこと意にも介していないだろうが。
同じく圧倒的な華を持ちながらも、相棒のような距離を感じさせないヒナタに声援は集中していた。
それは──男性相手であっても変わらない。
どこぞの女子大生が誰に対しても優しさある対応をすることで男子から女神として祭り上げられ(ついでに女神の側にいる男がヘイトを一身に受け)ているのと理屈は同じ。
その規模が違えば、その
そこに含まれる男性の数も増える。
まあ、要するにヒナタはかなりモテる。
わざわざ「モテる」と表現したのは、男性ファンから彼女への想いの丈が”ガチ恋”と表現して然るべきものだからだ。
「おっ、おい、アレ……」
人の多い大通りを呑気に見回りするヒナタを、道の端を歩く男4人組が足を止めて見ていた。
そのうち一人が、泡を食って顎で少女を指し、
「おい待て! お前、俺のヒナタさんを『アレ』呼ばわりしたか!?」
「おい待て! お前、いまヒナタちゃんを『俺の』呼ばわりしたな!?」
「おい待て! お前、ヒナタ『ちゃん』呼びだと!? 彼女に馴れ馴れしいんだよ!」
「おい待て! お前、なにヒナタ様を指差してんだよ!? 不敬だぞ!」
周りが一斉に互いを糾弾し合い、あっという間に汚ねえウロボロスが出来上がった。
そんな彼らの会話は届いていなかったが、片手で肩を掴み合っている環がヒナタの目の端に止まる。
何してるのかな、とそちらを向けば、瞬時に石のように固まる男たち。
ぎぎぎ、と四対の瞳がヒナタを向く。
向かい合う少女とオタクたち。
先に動いたのはヒナタだ。
困惑したように眉をハの字にしながら、がんばって微笑を浮かべて手を振ってみる。
──勝負あった。
「「「「ぐはっ……!」」」」
「ええ……っ!? だ、大丈夫ですか!?」
膝から崩れ落ちた男たちを心配して近づきつつ──ピタ、と少し離れた位置で静止。
可愛らしさ重視で丈が短めのプリーツスカートをさりげなく抑えつつ、前屈みに首を伸ばしてウロボロスの死骸を覗き込む。
彼らは一様に幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「…………あんまり気にしなくて大丈夫かな?」
当直の時間的にも、ヒナタは巡回を切り上げて支部に戻ろうと──、
『緊急。
右耳の
次いで流れ出す音声は──、
『出現対象は、【
「────」
瞬間、ヒナタは《加速》を行使して地を蹴っていた。
『目的は不明ですが、近くの警官隊と交戦中の模様です』
警官。
それは
けれど、並みの
それが警官
「ちょっと、急いだ方がいいかな」
♢♢♢♢♢
──話が違う。
現在市街にて交戦中の婦警の一人は、頭の中で悪態を吐いた。
捕縛対象は【
幹部最強と悪名高い〈
警戒を怠っていたつもりもなかった。
だが、そう。
一握の油断もなかったかといえば、否とは言えない。
なにせ、その正体までは
ただでさえ
ほとんど存在しない例外は、今は収監中の身である〈
目の前の男は、その例外には当てはまらないと思っていた。
いや、今までの報告からそう判断されていた。
だからこそ現場に
実際にそれは難しくない話のはずだった。
──それが、どうだ?
「うぁあああ!?」
また一人、警官が吹き飛ばされた。
彼女は鬼にでも投げ飛ばされたようなスピードで、近くに停められていたパトカーにぶつかる。
速度の割に大した激突音が上がらなかったが、冷静にそれを見極められる者はこの場にはいなかった。
当初、現場に立っていたのは十余人。
けれど今ここに残っているのは、わずか三人。
そのうち婦警は二人だけ。
残る一人は──、
「……ちょっと自分でも信じられないくらい調子いいな」
パトカーに四方を囲まれた状態でなお悠々と路上に立つ、黒衣の男。
くるくると「長さが変わる不可思議な六角棍」を弄びながら、彼は何事か呟いた。
その余裕あふれる出立ちに、警官二人はじりじりと距離を取る。
どちらも銃を構えたまま、一台のパトカーを盾にするように周りこむ。
そして男が一歩踏み出した瞬間。
「来るなぁああ!」
警官のうち一人が立て続けに銃を撃つ。
それは真っ直ぐに男へと向い──、
「よっ、と」
全て。
男の黒い棍によって弾かれた。
完璧に銃弾を捉え切っていたかのように無駄のない洗練された動きだった。
ほぼ同時、二人が構えていた銃が弾かれるように吹き飛ぶ。
「なっ!?」
慌てて見れば、背後に飛んだ銃身には
「ま、さか……」
「銃弾は意外と弾き返しやすいんだよね。まっすぐ飛んでくるし」
変速軌道で殺しにくる長剣とは違って……と続けて、なんだかちょっと達観した雰囲気を醸し出す〈
その言葉の意味は分からないが、一つだけ分かるのは──眼前の男が自分たちの手には負えぬ存在だということ。
「ああ……」
心が折れた警官二人の間を、
「────」
影が過った。
弾かれたように〈
瞬きの後、彼女たちの前に白いマントが翻った。
軽やかな足音を立てて着地したのは、一人の
「──名乗りは必要ありませんね」
少女の明るくも真剣な声音が響く。
「──そうだね」
応じる男は静かに構える。
「でも大丈夫? 怪我をしたくなかったら帰った方がいいよ」
ほら、と指し示すのは周囲の惨状。
けれど、まるで可笑しなことでも言われたかのように少女は軽く一笑した。
「見物人が少なくていいですね」
♢♢♢♢♢
悪の先兵たる〈
──きゃあああっ! 今日のお兄さん、かっこいいぃ……!! いつもかっこいいですけどっ!!
めちゃくちゃ大興奮だった。
だってそうだろう。
今までヒナタが見てきたイブキの──〈
前者は意外と結構かわいいし、後者はこれ以上ないくらいにカッコいい。
が、後者は〈
しかも、あの時はかなりマズい状況だったこともあって
こんなにも堂々と自分を迎え撃つ姿勢のイブキはめちゃくちゃレアである。
おかげでヒナタの心はとっても
──しかも! なんか! 初めて見る武器構えてるっ!
おにーさん大好きヒナタちゃんが興奮しないわけがない。
と、《加速》した脳内でしばし堪能。
その間わずか二秒。
恐ろしく早い
クールダウンした頭で考えたのは、最近のヒナタが抱くようになった、ある考え。
それすなわち、
──ひょっとしておにーさん、わたしのこと相当好きなのでは?
あんまり戦闘に関係なかった。
もちろんヒナタとてイブキが自分に好意的なのは分かっていた。
しかし、それが恋愛的なものではないことも分かっていた。
そう思ったからこそ彼を誘惑し、慌てさせ、あわよくば意識とかしてくれないかなぁ?とちょっかいをかけていたわけである。
……途中、なにやら勘違いやらすれ違いやらが発生していた気がするが、それは蓋してしまっておく。
ともかく、それから色々と心を揺らしているうちに。
ヒナタにとってもう一人の大切な人と約束を交わした。
──正々堂々、イブキを取り合うこと。
なんだか自分にばかり有利なような、それでいて向こうの方が遥か先にスタートラインがあるような。
そんな不思議な取り決めだった。
だからヒナタは二つ、自分の心に秘密の取り決めをした。
一つは、
それはつまり正面からイブキに迫るのは、心優しいお姉ちゃんに譲るということでもある。
元より幼馴染らしいことは全部、同い年の彼女が持っていった。
だって、三つも歳違うし。
いっそ清々しく割り切って、正統な
ヒナタの精神衛生的にも、そっちの方がいい。
──その代わり。
それ以外のことはなんでもやる。
恋愛だか親愛だか分からなくとも、彼が自分のことを相当に好きでいてくれることさえ分かれば、それで十分。
「〈
「ん? やっぱりやめる? こっちとしては時間を稼げればそれで──」
「ねえ、見て?」
遮って、注目させるは自分の
「……? なにを──」
目を惹く白金のそれが。
すっと、白生地のスカートを持ち上げた。
……もちろん、ほんの少しだけである。
けれど、可愛さを重視して短くした裾は少し持ち上げるだけでヒナタの健康的な太ももの付け根までを白日の下に晒した。
「んぐぃうfgbぁいうhぢwくぇこ!?!!???!?」
壊れた機械みたいな音を発生させた〈
どういう心情なのかはよく分からないが、とりあえず効果はばつぐんだ。
ヒナタは思う。
──なんて可愛らしいんだろう……っ。
うっとりと瞳を蕩かせながら──全力の《加速》で駆け出す。
あばば、と壊れたように震えていた〈
至近距離から上目遣いに見上げれば、フードの中──イブキは頬を赤くして狼狽えていた。
妖艶な笑みを返して、ヒナタは鋭く身を沈めると足払い。
体勢を崩したイブキの首に自らの足を巻きつけ、彼の片腕を引っ張るように抱え込んだ。
三角絞め。格闘技ならそう呼ばれるそれは、本来の狙いとは全く異なるものだった。
なにせヒナタは、絞めてない。
頸動脈も気道も絞めず、腕も引っ張るというよりは抱えるだけ。
それほど力は入っておらず、けれどイブキは、
「…………っ!!! っっっっっ!!!!!」
顔を真っ赤にしておめめぐるぐるさせつつ、ジタバタと暴れるのみ。
もはや悲鳴すらも上げられていない。
理由はイブキの首周りに巻きついた、もちもちした脚。
先ほど強烈な印象とともに見せつけられただけあって、おにーさんの脳内は桃色一色だった。
加えて、ヒナタは抱え込むように彼の腕を掴んでいるので。
片腕までもが
もちろん、ヒナタの想定通りに。
「……ふふっ」
それは前までと変わらぬ
けれども、その意味はまるで違う。
それは、
「ほら、あまいでしょう?」
────あなたを堕落へと誘う、わたしという蜜の味見だ。
「ぜーんぶ、あなたが舐めていいんですよ?」
微かに囁いて、錯乱しきりのイブキの意識の奥に刷り込んでいく。
この蜜は、いつでもあなたの前に据えられているのだと。
勝利条件は単純。
おにーさんが、耐えきれずにわたしに手を出すこと。
──そしてもう一つ。
それは、もう一つの自分への約束でもあった。
クシナを
イブキも、クシナも、大切なのだ。
自分の欲しいものが二つあるなら、どっちも取りにいけばいいだけのこと。
それこそが、まっすぐに自分と向き合ってくれる彼女への最大の礼になるはずだから。
もう二度と夢を諦めないと誓った少女は、愚直に願いを取りにいく。
──そのがむしゃらに前へと進もうとする姿勢が、かつて別の世界の一人の青年の心を救ったのは、また別のお話。
……だってそいつ今食べられかけてるし。
【Web版】推しの敵になったので 土岐丘しゅろ @syuro0112
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。【Web版】推しの敵になったのでの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます