幕間 お礼


 天翼の守護者エクスシア傍陽そえひヒナタは人気者である。


 普通、華々しく活躍する天翼の守護者エクスシアでも、初舞台デビューは若くて17、18歳だ。

 そんな偶像アイドルたちの中にあってなお若い、高等教育が始まりたての15歳。

 若さ、真新しさはそれだけで”武器”になる。


 もちろん養成学校スクール時代から天翼の守護者エクスシアを追っている超絶ファンオタク層もいるにはいる。

 けれど、プロとして活躍するものがいるのにあえてを追う者は限られる。

 だから多くの世間一般にとって、ヒナタの活躍は鮮烈な光としてその瞳に映っていた。


 おまけに卒業時の成績が歴代最高峰となれば、その超新星ぶりにも拍車がかかろうというもの。


 その星が、二条・・

 彼女たちヒナタとルイの輝きが全ての人を魅了するのは当然だった。




 巡回中。

 純白のマントを靡かせる隊服姿で街を歩けば、ヒナタは立ち所に注目の的になった。


「あ、ヒナタちゃんだ〜!」


 巡回路にある公園で鬼ごっこか何かして遊んでいた童女たちが、一斉にヒナタの方に駆け寄ってくる。

 あっという間に天翼の守護者エクスシアを中心とした輪が広がった。


「ヒナタちゃん! いつも見てます!」

「がんばってね〜!」

「あの、応援、してます……!」

「握手して〜!」


 【循守の白天秤プリム・リーブラ】という大人たちの中にあって、比較的自分に近しい年齢のヒナタに積極的な好意が向けられるのは自然な流れだった。


「ありがとねっ」


 笑顔で手を振り、あるいは求められる握手に応じ、幼いファンたち一人一人を大切にするヒナタ。

 それは、かつて自分も憧れる立場にいたからこそできる、ある種のお礼ファンサだ。


 誰かにとって当たり前の行動が、あるいは大したことのない言葉が。

 他の誰かにとって一生の宝になることを彼女は知っている。




 はたまた、商店街に見回りにくれば。


「おやまあ、ヒナタちゃんじゃない」

「精が出るわね〜」

「いつもありがとうね」

「はい、これ」


 自分の祖母くらいの年齢の淑女がわらわらと寄ってくる。

 流石に童女たちほどに距離は近くないが、それでもヒナタの進路を邪魔しない程度には近くまで来て笑顔を渡す。たまに飴とかも渡す。


「あはは……ありがとうございますっ」


 その扱いは街の英雄ヒロインに対するものというより、自分の孫娘に対してのものというのが近そうだ。

 薄々ヒナタも理解しつつ、好かれること自体は嬉しい。


 自分が彼女たちの世界にいることで、少しでも日々を華やかなものにできているとしたら。

 それはまさしく彼女の憧れた偶像ヒロインなのである。




 ヒナタともう一条の星相棒であるルイとの違いは、その親しみやすさにつきる。


 ルイとて歴代最高峰──というか養成学校スクール卒業時の成績的にはヒナタの上──の超新星であり、なにより圧倒的な”美”がある。


 しかし、彼女と共に市街の巡回をしていても人々の声援はヒナタに向かいがちだった。


 理由は、ルイが高嶺の花だから。

 高すぎる花には、人は触れがたさを感じるものだ。


 もちろん、ルイ(今日は非番)の人気がヒナタのそれに劣っているというわけではないし、そもそもあの氷狼はそんなこと意にも介していないだろうが。


 同じく圧倒的な華を持ちながらも、相棒のような距離を感じさせないヒナタに声援は集中していた。


 それは──男性相手であっても変わらない。


 どこぞの女子大生が誰に対しても優しさある対応をすることで男子から女神として祭り上げられ(ついでに女神の側にいる男がヘイトを一身に受け)ているのと理屈は同じ。


 その規模が違えば、その偶像ヒロインを崇拝する母数も変わる。

 そこに含まれる男性の数も増える。


 まあ、要するにヒナタはかなりモテる。


 わざわざ「モテる」と表現したのは、男性ファンから彼女への想いの丈が”ガチ恋”と表現して然るべきものだからだ。


「おっ、おい、アレ……」


 人の多い大通りを呑気に見回りするヒナタを、道の端を歩く男4人組が足を止めて見ていた。

 そのうち一人が、泡を食って顎で少女を指し、


「おい待て! お前、俺のヒナタさんを『アレ』呼ばわりしたか!?」

「おい待て! お前、いまヒナタちゃんを『俺の』呼ばわりしたな!?」

「おい待て! お前、ヒナタ『ちゃん』呼びだと!? 彼女に馴れ馴れしいんだよ!」

「おい待て! お前、なにヒナタ様を指差してんだよ!? 不敬だぞ!」


 周りが一斉に互いを糾弾し合い、あっという間に汚ねえウロボロスが出来上がった。


 そんな彼らの会話は届いていなかったが、片手で肩を掴み合っている環がヒナタの目の端に止まる。

 何してるのかな、とそちらを向けば、瞬時に石のように固まる男たち。


 ぎぎぎ、と四対の瞳がヒナタを向く。

 向かい合う少女とオタクたち。


 先に動いたのはヒナタだ。

 困惑したように眉をハの字にしながら、がんばって微笑を浮かべて手を振ってみる。


 ──勝負あった。


「「「「ぐはっ……!」」」」


「ええ……っ!? だ、大丈夫ですか!?」


 膝から崩れ落ちた男たちを心配して近づきつつ──ピタ、と少し離れた位置で静止。

 可愛らしさ重視で丈が短めのプリーツスカートをさりげなく抑えつつ、前屈みに首を伸ばしてウロボロスの死骸を覗き込む。


 彼らは一様に幸せそうな笑顔を浮かべていた。


「…………あんまり気にしなくて大丈夫かな?」


 当直の時間的にも、ヒナタは巡回を切り上げて支部に戻ろうと──、


『緊急。桜邑おうら南部を巡回中の天翼の守護者エクスシアは即時にF-27地点に向かってください』


 右耳の通信端末イヤーカフから管制室の声が響く。

 天翼の守護者エクスシアにのみ通じる座標地点は、現在地からほど近い場所を指していた。


 次いで流れ出す音声は──、


『出現対象は、【救世の契りネガ・メサイア】構成員──〈乖離カイリ〉』


「────」


 瞬間、ヒナタは《加速》を行使して地を蹴っていた。


『目的は不明ですが、近くの警官隊と交戦中の模様です』


 警官。

 それは天翼の守護者エクスシアと同じく街の治安を守るものでありながら、彼女たちとは違って対天稟ルクスのエキスパートではない者。


 けれど、並みの天稟ルクス持ちを制圧するだけの武器は与えられている。

 それが警官と呼ばれるほどにいるとなると……。


「ちょっと、急いだ方がいいかな」




 ♢♢♢♢♢




 ──話が違う。


 現在市街にて交戦中の婦警の一人は、頭の中で悪態を吐いた。


 捕縛対象は【救世の契りネガ・メサイア】構成員〈乖離カイリ〉。


 幹部最強と悪名高い〈刹那セツナ〉の右腕だということは知っていた。

 警戒を怠っていたつもりもなかった。


 だが、そう。

 一握の油断もなかったかといえば、否とは言えない。


 なにせ、その正体まではようとして知れないながらも、〈乖離カイリ〉が男である・・・・ということはハッキリと知られている。


 天稟ルクスが全ての基準となった世界において、男というのはそれだけで不利だ。

 ただでさえ天稟ルクスを授かりにくいというのに、その力も貧弱、あるいは地味なものであることが多い。


 ほとんど存在しない例外は、今は収監中の身である〈剛鬼ゴウキ〉くらいだ。

 目の前の男は、その例外には当てはまらないと思っていた。

 いや、今までの報告からそう判断されていた。


 だからこそ現場に天翼の守護者エクスシアが到着するより前に、警官隊だけで制圧してしまおうと行動を開始したのである。

 実際にそれは難しくない話のはずだった。


 ──それが、どうだ?


「うぁあああ!?」


 また一人、警官が吹き飛ばされた。

 彼女は鬼にでも投げ飛ばされたようなスピードで、近くに停められていたパトカーにぶつかる。


 速度の割に大した激突音が上がらなかったが、冷静にそれを見極められる者はこの場にはいなかった。


 当初、現場に立っていたのは十余人。

 けれど今ここに残っているのは、わずか三人。


 そのうち婦警は二人だけ。

 残る一人は──、


「……ちょっと自分でも信じられないくらい調子いいな」


 パトカーに四方を囲まれた状態でなお悠々と路上に立つ、黒衣の男。

 くるくると「長さが変わる不可思議な六角棍」を弄びながら、彼は何事か呟いた。


 その余裕あふれる出立ちに、警官二人はじりじりと距離を取る。

 どちらも銃を構えたまま、一台のパトカーを盾にするように周りこむ。


 そして男が一歩踏み出した瞬間。


「来るなぁああ!」


 警官のうち一人が立て続けに銃を撃つ。

 それは真っ直ぐに男へと向い──、


「よっ、と」


 全て。

 男の黒い棍によって弾かれた。


 完璧に銃弾を捉え切っていたかのように無駄のない洗練された動きだった。

 ほぼ同時、二人が構えていた銃が弾かれるように吹き飛ぶ。


「なっ!?」


 慌てて見れば、背後に飛んだ銃身には銃創・・


「ま、さか……」

「銃弾は意外と弾き返しやすいんだよね。まっすぐ飛んでくるし」


 変速軌道で殺しにくる長剣とは違って……と続けて、なんだかちょっと達観した雰囲気を醸し出す〈乖離カイリ〉。

 その言葉の意味は分からないが、一つだけ分かるのは──眼前の男が自分たちの手には負えぬ存在だということ。


「ああ……」


 心が折れた警官二人の間を、


「────」


 影が過った。


 弾かれたように〈乖離カイリ〉が顔を向けるは二人の頭上。

 瞬きの後、彼女たちの前に白いマントが翻った。


 軽やかな足音を立てて着地したのは、一人の天翼の守護者エクスシア


「──名乗りは必要ありませんね」


 少女の明るくも真剣な声音が響く。


「──そうだね」


 応じる男は静かに構える。


「でも大丈夫? 怪我をしたくなかったら帰った方がいいよ」


 ほら、と指し示すのは周囲の惨状。

 けれど、まるで可笑しなことでも言われたかのように少女は軽く一笑した。


「見物人が少なくていいですね」




 ♢♢♢♢♢




 悪の先兵たる〈乖離カイリ〉に向かい合う、正義のヒロイン・傍陽ヒナタは、



 ──きゃあああっ! 今日のお兄さん、かっこいいぃ……!! いつもかっこいいですけどっ!!



 めちゃくちゃ大興奮だった。


 だってそうだろう。

 今までヒナタが見てきたイブキの──〈乖離カイリ〉の姿は逃げる背中か守る背中ばかり。


 前者は意外と結構かわいいし、後者はこれ以上ないくらいにカッコいい。

 が、後者は〈剛鬼ゴウキ〉に相対した時の一度きり。


 しかも、あの時はかなりマズい状況だったこともあって見惚れられた・・・・・・のは一瞬だけ。


 こんなにも堂々と自分を迎え撃つ姿勢のイブキはめちゃくちゃレアである。

 おかげでヒナタの心はとっても燃えているウェルダン



 ──しかも! なんか! 初めて見る武器構えてるっ!



 おにーさん大好きヒナタちゃんが興奮しないわけがない。


 と、《加速》した脳内でしばし堪能。

 その間わずか二秒。


 恐ろしく早い天稟ルクスの無駄遣いだった。


 クールダウンした頭で考えたのは、最近のヒナタが抱くようになった、ある考え。

 それすなわち、


 ──ひょっとしておにーさん、わたしのこと相当好きなのでは?


 あんまり戦闘に関係なかった。

 天稟ルクスの無駄遣い、続行。


 もちろんヒナタとてイブキが自分に好意的なのは分かっていた。

 しかし、それが恋愛的なものではないことも分かっていた。


 そう思ったからこそ彼を誘惑し、慌てさせ、あわよくば意識とかしてくれないかなぁ?とちょっかいをかけていたわけである。


 ……途中、なにやら勘違いやらすれ違いやらが発生していた気がするが、それは蓋してしまっておく。


 ともかく、それから色々と心を揺らしているうちに。

 ヒナタにとってもう一人の大切な人と約束を交わした。


 ──正々堂々、イブキを取り合うこと。


 なんだか自分にばかり有利なような、それでいて向こうの方が遥か先にスタートラインがあるような。

 そんな不思議な取り決めだった。


 だからヒナタは二つ、自分の心に秘密の取り決めをした。


 一つは、正々堂々・・・・背後から・・・・イブキを堕としにいくこと。


 それはつまり正面からイブキに迫るのは、心優しいお姉ちゃんに譲るということでもある。


 元より幼馴染らしいことは全部、同い年の彼女が持っていった。

 だって、三つも歳違うし。


 いっそ清々しく割り切って、正統な恋愛劇ロマンスは全部向こうに渡そう。

 ヒナタの精神衛生的にも、そっちの方がいい。


 ──その代わり。


 それ以外のことはなんでもやる。


 恋愛だか親愛だか分からなくとも、彼が自分のことを相当に好きでいてくれることさえ分かれば、それで十分。


「〈乖離カイリ〉さん」

「ん? やっぱりやめる? こっちとしては時間を稼げればそれで──」

「ねえ、見て?」


 遮って、注目させるは自分の鉄手甲ガントレット


「……? なにを──」


 目を惹く白金のそれが。



 すっと、白生地のスカートを持ち上げた。



 ……もちろん、ほんの少しだけである。


 けれど、可愛さを重視して短くした裾は少し持ち上げるだけでヒナタの健康的な太ももの付け根までを白日の下に晒した。




「んぐぃうfgbぁいうhぢwくぇこ!?!!???!?」




 壊れた機械みたいな音を発生させた〈乖離カイリ〉は、わけもわからず自分の武器をあらぬ方向に放り投げた。

 どういう心情なのかはよく分からないが、とりあえず効果はばつぐんだ。


 ヒナタは思う。


 ──なんて可愛らしいんだろう……っ。


 うっとりと瞳を蕩かせながら──全力の《加速》で駆け出す。

 あばば、と壊れたように震えていた〈乖離カイリ〉にあっという間に接近。


 至近距離から上目遣いに見上げれば、フードの中──イブキは頬を赤くして狼狽えていた。

 妖艶な笑みを返して、ヒナタは鋭く身を沈めると足払い。


 体勢を崩したイブキの首に自らの足を巻きつけ、彼の片腕を引っ張るように抱え込んだ。

 三角絞め。格闘技ならそう呼ばれるそれは、本来の狙いとは全く異なるものだった。


 なにせヒナタは、絞めてない。

 頸動脈も気道も絞めず、腕も引っ張るというよりは抱えるだけ。


 それほど力は入っておらず、けれどイブキは、


「…………っ!!! っっっっっ!!!!!」


 顔を真っ赤にしておめめぐるぐるさせつつ、ジタバタと暴れるのみ。

 もはや悲鳴すらも上げられていない。


 理由はイブキの首周りに巻きついた、もちもちした脚。

 先ほど強烈な印象とともに見せつけられただけあって、おにーさんの脳内は桃色一色だった。


 加えて、ヒナタは抱え込むように彼の腕を掴んでいるので。

 片腕までもが別の・・柔らかさに包まれている。


 もちろん、ヒナタの想定通りに。


「……ふふっ」


 それは前までと変わらぬ背徳行為ダーティープレイ

 けれども、その意味はまるで違う。


 それは、ヒナタによる・・・・・・味見ではない。


「ほら、あまいでしょう?」


 ────あなたを堕落へと誘う、わたしという蜜の味見だ。


「ぜーんぶ、あなたが舐めていいんですよ?」


 微かに囁いて、錯乱しきりのイブキの意識の奥に刷り込んでいく。

 この蜜は、いつでもあなたの前に据えられているのだと。


 勝利条件は単純。

 おにーさんが、耐えきれずにわたしに手を出すこと。


 ──そしてもう一つ。


 それは、もう一つの自分への約束でもあった。



 クシナを代償アンブラから救うこと。



 イブキも、クシナも、大切なのだ。

 自分の欲しいものが二つあるなら、どっちも取りにいけばいいだけのこと。


 それこそが、まっすぐに自分と向き合ってくれる彼女への最大の礼になるはずだから。

 もう二度と夢を諦めないと誓った少女は、愚直に願いを取りにいく。




 ──そのがむしゃらに前へと進もうとする姿勢が、かつて別の世界の一人の青年の心を救ったのは、また別のお話。


 ……だってそいつ今食べられかけてるし。



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【Web版】推しの敵になったので 土岐丘しゅろ @syuro0112

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