後編




 でもさぁ。

 違うこと言ってたんだよなあ、イツキは。


 あの声は、親ガラスの声じゃねえ、って。

 見たって言うんだ。あのヒナのなかでも、一番ちっこいやつが、って。

 折れ曲がった首あげて、半開きの目を、カッ、て開いて、赤く光らして。

 あのでかい口を開いて、あの大声をあげたって。


 みんなあの日はバラバラになって、家がとなり同士の俺とイツキは二人で帰って、その帰り道にそう言ったんだよ。

 いや、もちろん信じるわけねぇよ。ていうか、もしホントでも信じたくねえよ。

 イツキのあのデカ頭、思いっきりブン殴って、さっさと家に駆けこんだね。今日のことはもう、なにもかも忘れようって、そう思いながら。


 忘れられなくなっちまったよなぁ。

 あの日のうちに、ヒトシさんが死んじまったんだから。

 次の日に、川に浮かんで死んでたって話だけど、山のヘリに住んでたヒトシさんが、なんでわざわざあんなトコまで行ったのか、誰にもわからなかったよな。






 それから七年たった後だ。

 今度はフミ兄がこの山のどこかでバイクで事故って。ミチさんが行方知れずになって。

 で、さらに七年たった今年だ。ヨシさん、実家の庭で死んだって。

 いや、そりゃ関係ないかも知んねえよ。なんで俺ら、あの時の仲間ばっかりが、って思うけど、偶然ってのはそういうもんかも知れねえじゃん。

 でもさ、イツキはそう思わなかったみたいでよ。


 最初の年にヒトシさん死んだ。七年後にフミ兄とミチさんの二人。そんでさらに七年後の今年には、ほら、2のさらに2倍、残った四人全員が死ぬかもって、そう言ったんだよ。

 あいつわざわざメールまで、それも大量に送ってきてさあ。スマホあったら見れるはずだけど。


『“七番目の子”だよ、ナッちゃん』って。


 なんかあいつ、色々と妙なことまで調べたらしくて、ワケわかんねえこと言ってきてたんだ。


『だいたいあれ、おかしいんだ。

 カラスが一度に産む卵は3個から5個が普通なんだ。七羽の子なんて、歌ならまだしも、実際にはそうそういるもんじゃない。

 あの巣はもとからおかしかったんだ』


『“七番目の子”ってのは、不吉な存在だって言われることが多いんだ。

 東ヨーロッパでも南米でも、七番目に生まれた子は呪いの子で、でかくなったら吸血鬼や狼男になるって、そう言われてんだ』


『言っただろ。俺、見たんだ。

 首のへし折れたヒナが、真っ赤な目を見開いて、すごい声で叫ぶのを。

 ありゃ間違いない、魔物なんだ。

 ヒトシさんも、フミ兄もミチさんもヨシさんも、きっとあいつに殺されたんだ』


 いやさ、そりゃ俺だって、そんなもんすぐに信じねえし。

 あのときの仲間がどんどん死んで、たまたま死んで、イツキのやつ、ちょっとおかしくなってんだって、かまうのだってアホくせえから、そのままほっといたんだよな。


 で、あいつも死んだ。

 それもただの死に方じゃねえよ。聞いただろ。

 アパートの部屋で、体をなんかとがったもんで切り裂かれて、体じゅうにこまかい傷があったって。

 いや、俺はなんもしなかったけど。怖くなったんだ、さすがにな。

 あいつのアパート、たまたまもう一人、知り合いいたんだ。聞いてみたら、イツキが死んだその日の晩に ――― なんかバサバサ、鳥が飛ぶような音が一晩、してたってさ。

 すっげえでかい鳥じゃねえかって言ってたわ。

 それ聞いたとたん、俺、あのとき地面に落ちた巣が、ありありと目の前に浮かんできてなあ……。






 あとはお前を誘って、話したとおりの話だよ、ムツ 。

 正直な、どうなるかなんてわかんねぇよ。今さら古栖ふるすに帰っても、何にもならねえかも知れねえよ。

 でも、みんながいなくなったのが、イツキの言うとおりだったらさ。ほんとにあの日のアレだったらさ。なにか手がかりがあるんなら、まずあそこにあるハズじゃん。

 あの林も、ぜんぶ樹、っちまったらしいな。……理由はわかんね。

 でもそれも五年も前の話だからさ。林つぶしても、その、バケモンってのを止めることはできなかったんだろな。

 でもまあ、なにかあるかも知んねぇし。最悪、あの寺に行って、お札もらうとか、お経あげてもらうとか、なにかやって見ねえとさ。

 だってさ、まだ死にたくねえよ。俺。


 ……こんなところでさ。こんな山ん中でさ。こんな谷の底でさ。


 何なんだよ。何なんだよ……。

 俺、ちゃんと法定速度ホーテーソクドまもってたよな。ってか、このうす暗くてグニャグニャした山道で、だいぶゆっくり走ってたんだぜ。見てただろ。

 ……そしたら、見ただろ。目の前に、さぁっ、て。

 あんなでっけえ黒いなにかが、フロントガラス防ぐみてぇに横ぎりやがって。

 あんなことされたら、あんな、マジでコースターみたいな急カーブ、曲がり切れねぇって、当然だろ。


 くっそ、痛ぇ。いまさら痛くなってきやがった。

 くそっ、寒いよ。街中じゃあんなに暑かったってのによ。

 てかこれ、どうなってんだ。マジどうやってもシートベルト外れねえよ。どっか壊れたのかよ。

 スマホもさぁ……どこへ飛んでんだよ。どこいったんだよ。外れろよ、これ。


 なあ、ムツ。そろそろいいだろ? なんか返事してくれよ。

 まだ気絶キゼツしてんのか? …………気絶してんだよな?

 助手席キライだっつうからさ、せっかく後ろのシート載せてやったんだからさぁ、無事なんだろ? そうなんだろ?

 なあ頼むよ。まさかさぁ、お前までとか。堪忍してくれよ。なぁ!?






――まだ、鳴き声が聞こえるよな。

  やっぱカラスなんかな、ありゃ。


――なんだか、近づいてくるよな。

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【KAC20236】ナナツメノコ 武江成緒 @kamorun2018

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