宏樹君の休日7

代官坂のぞむ

第7話

「この子は、たまたま本屋にいて、逃げるのを手伝ってくれたの」

「……。で、荷物ブツは?」

「これ」

 みうみうが、ぐちゃぐちゃになったリュックから小さな丸い物を出して渡すのを見て、宏樹は思わず声を上げた。

「えっ? 荷物ってぬいぐるみじゃないのか?」

「違うよ。これは私の宝物の激レアベア」

 本屋で拾った方が、実は問題の荷物だったと知り唖然とする宏樹に、男は静かに言った。

「深追いする奴らではないが、用心して一年くらいはこの街に近づくな」

「夜は特にね」

 のびをしながら、みうみうが付け加える。

「散々な目にあったんで、しばらく来ません」

「歩いている間に出くわさないようにガードを付けてやる。もう行け」

「はい」

 宏樹が店の前に出ると、黒いTシャツの胸が筋肉で盛り上がった屈強な男が立っている。何も言わずに歩き始めた後について駅に向かった。


***


 二年後、宏樹は志望の国立大学に合格する。入学早々、クラス懇親会が渋谷のお好み焼き屋で開かれることになり、事件以来初めて渋谷駅に降りたった。

 集合より一時間早く着いた宏樹は、例の本屋につながる階段を登りながら、あの日「受験勉強のストレスを発散しておくのは、必要な受験対策だ」などと言い訳しながらこの階段を上がったのが、アンラッキーな出来事の発端だったことを思い出していた。

 しかし、本屋の通りから楽器屋の角を曲がった路地に入ると、あの店があったはずの場所は、工事中の鉄板に囲われて上に青空が広がっていた。


「無くなってる……」

 小声でつぶやきながら振り向いた途端、後ろからドンと衝撃を受けて宏樹はよろけた。見覚えのあるセーラー服が、横を走り抜けていく。

「ごめんねー。急いでるからー」

 大声で、言い訳にもならない言い訳を残し、振り返りもせずに走り去る。その背中のリュックからはみ出した、ぬいぐるみの顔を見ながら、宏樹はほっとしたような微笑を浮かべた。







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宏樹君の休日7 代官坂のぞむ @daikanzaka_nozomu

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