月なし青年に幸運を
斑鳩陽菜
月なし青年に幸運を
「うっ……」
神社の境内で、俺は思わず唸った。
神社に来るに至るきっかけは友人たちとファミレスに行き、珈琲一杯で三時間も粘った挙げ句の帰り道でのことだ。回転率を上げたいファミレスの店員にすれば、さぞ迷惑な客だっただろう。
何度か「まだいらっしゃるので?」みたいな視線を寄越されたが、尻に根が生えた友人たちは、無料だというおわかりを三回もしている。
会計時「またどうぞ」と、店員がいっていたが、俺が思うにあれは「二度と来るな」という顔だ。明らかに、笑顔が引き攣っていたぞ。確かに一杯250円の珈琲で、無料のおかわりを三回もし、三時間も居座られたのだから無理はない。
で、今度はラーメン屋に行こうということになり、行ってみれば行列で、俺の前で『麺切れ』となった。
そんな俺には『月なし』という不名誉なあだ名がある。そもそも姓が良くない。
お気づきかと思うが、俺の姓は『
確かに一日を通して犬の糞を踏む、降りようとした電車の扉が目の前で閉まる、録画したアニメDVDを観れば、ドラマ中の男女がその……真っ最中だ。間違って録画したのかと思いきや、親父が重ね録りしたらしい。
まぁ俺もその光景に見入ったが、その日は好きなキャラが大活躍する回だったのだ。滅多に再放送されないというのに。
さらにだ。風呂に入ろうと裸になっていけば水風呂で、布団に入って横になれば、本棚の漫画誌が俺の頭を直撃した。
そのまま朝を迎え、今度はラーメン屋での麺切れである。
友人には「やはり〝月なし〟だな?」と揶揄われたが、ほっとけ。
神社の前を通りかかり、そういえば今年は初詣はしなかったなと思ったのが、俺の不運に拍車がついたようだ。
通りかかったついで――というのがいけなかったのか、それとも投入した賽銭が足りなかったのか、引いたお
聞いた話では、お神籤の確立は「大吉」が約22.2%、「凶」が出る確率は概ね10%~20%だそうだ。
数学の苦手な俺にはよくわからない確率だが、「吉」よりも少ない凶を引いた俺に、一緒にいた悪友が「すげー強運」と叫ぶ。
やめろ。恥ずかしいだろうが。
すると周りにした参拝者の目が、一斉に俺に向いた。「大吉を引いたのか、凄いな」的な目に、俺は速攻逃げ出したい気分だ。
期待に応えられず申し訳ないが、俺が引いたのは「凶」だ。
「福に転ずることあり」と下の方に書いてあったが、望みは薄い。
背に受ける痛すぎる視線をこらえつつ、俺は近くの枝にお神籤を結ぶ。
なんでも「凶のお神籤を利き腕と反対の手で結べば、困難な行いを達成つまり修行をしたことになり、凶が吉に転じる」という説もあるとか。
巫女さんが俺を哀れに思ったのか、
「凶が出たときはその瞬間の運勢が最低最悪で、底にある状態。これ以上落ちることはなく、むしろ運気は上昇していくことを示しているのよ」という。
いやいや、二日続けて七回も不幸に見舞われた俺だぞ? とうとう神様にも見放され、月なしまっしぐらの俺に運気などあると思うか?
いっそのこと、改名するか。
おかげで帰りの足取りも重い。
ふと、俺の足が自販機の前で止まった。スロット付きの自販機だが、これも俺は当たったことがない。『777』が当たりなのだが、俺がチャレンジすると『776』とか『778』など微妙な数字になる。
俺の気分としてはラッキー7《せぶん》は縁遠く、アンラッキー7《セブン》だ。
「兄ちゃん、買わねぇのか?」
ドスの利いた声に、俺は飛び上がった。振り向いてみれば、髭もじゃのおっさんがいた。
「あ、お邪魔でした? すみません」
「いや、俺はもう買ったよ。しかし、当たらねぇもんだなぁ」
「そ、そうですねぇ……」
妙な因縁をつけられたらどうしようかと思っている俺に、おっさんはこの自販機について語り始めた。
「777が揃うと、レア缶が出るらしいぞ。それも7が揃ったからと出るもんでもねぇらしい。兄ちゃん、やってみたらどうだ?」
「当たりませんよ。俺なんか」
「やらねぇ前に諦めてどうすんだ。当たって砕けろだ」
こうなると「やらない」とは言えない。
賽銭をケチったお陰で、三百円が手元に残っていた。神様には悪いが、俺の身に迫る危機回避のため、ここは150円を使わせて頂く。
――ガラン。
出てきた缶珈琲はいつもと違った柄で、アイス棒のような「当たりがでたらもう一本」的な品だった。つまり俺は150円分を取り返したことになる。
まさか、こんなところに福が転がっているとは。
おっさんを振り返ると、そこにはおっさんの姿は何処にもいない。
「はぁーーー!?」
いやいや、あり得ないだろ。さっきまで俺の背後にいたおっさんだぞ? 俺が振り向くまで三分ぐらいしか経っていない。
俺はお神籤の一文を思い出した。
――福に転ずることあり。
「月なし」の男に訪れたちいさなラッキー。
月に見放されすぎて、俺はやや後ろ向きになっていた。諦めず、何度も挑戦すればいつか報われる。勉強も、これからの未来も。たぶんだけどな。
小さなアンラッキーはこれからもやってくるだろうが、チャンスもやってくる。
「ありがとな。おっさん」
俺はもういないおっさんにそう礼をいい、帰路についた。
月なし青年に幸運を 斑鳩陽菜 @ikaruga2019
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