アンラッキー7
秋嶋七月
7という数字が昔から嫌いだった
そのVRゲームに参加したのは、自棄だった。
コンシューマーゲームの時からやり続けていたシリーズの7作目が、7年の時を超えてVRゲーム化。
俺は開始日にずっと利用していたゲームショップに事前予約を入れていた。
予約番号が77でちょっと嫌な気持ちになったが気にしすぎもよくないと、仕事帰りに店に寄ってカウンターで予約番号を表示して見せると店員の顔がひくっと引き攣った。
「店長、店長〜!」
もはや嫌な気持ちも予感もすっ飛ばして、トラブル確定。
伝票ひっくり返して確認されて、分かったのは予約のダブルブッキング、更にゲームソフトはほぼ予約完売、数少ないショップの在庫もついさっき最後の一本が売れたところだったという。
思わず大仰に天を仰いだ俺は悪くないと思う。
ダウンロード販売はそりゃしているが、予約パッケージ版初回特典は手に入らないのが確定って訳だ。
数日もすればネットオークションやフリマアプリで転売は沸くんだろうが、俺はそれらには手を出さないと決めている。
……数年経って中古で出ている時は一考するが。
また運が悪いことに、今回の初回特典はゲームを始める前に読み込めば、シリーズ歴代キャラクターのエンド後の姿がチラ見せされ、ゲーム内でそのキャラクター達の痕跡が見つかったり、出会ったりした時にちょっとしたオマケの情報やセリフが入ると言う、まあヘビーユーザー向けのファンコンテンツ。
ダウンロードで購入して始めてしまえば、もう二度と知ることはできない……は大袈裟でも、醍醐味は確実に減る。
制作発表から今日を楽しみにしていただけに、反動でもうこのゲームをやる気力は全部削がれた。
顔見知りの店長が平謝りしてくれるが、それでソフトが降ってくるわけでもない。
もう返金処理だけしてもらって、酒を飲んで寝てしまおうと顔を上げた時、平台に積まれたそのゲームが目に入った。
VRゲームの幅を飛躍的に広げたと言うVRMMOの金字塔。
サービス開始から7ヶ月経つ今も新規ユーザーを着々と増やしているというそのゲームは、第二の世界、第二の人生が体験できるというのが売りだ。
今の俺と違う運勢が体験できたりしないだろうかと、それはもう衝動的にそのゲームを買ったんだ。
ラッキーセブン、というのは野球の7回の攻撃が由来だという。
7回というのは投手に疲れが出始め、逆に打者が投手に慣れ始めることから得点のチャンスとなる。
でも、そこで攻撃側が得点するということは守備側は失点するということだ。
ラッキーセブンはアンラッキーセブンと裏表。
その裏を引かされるのが俺だった。
幸運の数字と言われる7に碌な思い出がない。
出席番号7番で座った席の隣がずっと喧嘩腰の奴だったとか、某コンビニのラッキーくじでハズレ以外引いたことがないという細やかなものから、俺の出生がクソ親父が浮気で作った七番目の子供だったってことまで。
以来、俺の方は【7】という数字をできるだけ避けているのに、なんでだか【7】の方が俺に寄ってくる。今回の予約番号のように。
そして節目節目で【7】は俺を敗者に、俺以外の誰かを勝者にする。
『ごめんなさい。彼には私がいなくちゃダメなの』
そう7年つきあった彼女に振られたのはつい先日。
プロポーズしても曖昧に濁された上、出会って7ヶ月目の男に負けた。
そんな現実から逃避したくて予約したゲームにも逃げられて、やってられねぇと逃げ込んだ第二の世界。
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キャラクタークリエイト担当のAIの言葉に少しだけ考えて、俺は今まで逃げ続けた数字と真正面から向き合うことに決めた。
「セブンで」
職業は賭博師だ。ギャンブル経験はほぼないけど、なんとなくらしいだろ?
ちなみに名前の重複可のこのゲーム、俺は7人目のセブンだった。
そんな勢いで始めたゲームだったが、思いのほか楽しんでいた。
職業は賭博師だが、ゲームの職なので本気でギャンブルだけしてるわけじゃない。
いくつかの戦闘スキルや魔法も持っていて、モンスターとも戦える。
武器は主にダイスだ。
これを飛ばしたり、出目次第で魔法がランダム発動する。
カードもあるんだが、俺はダイスの方が性に合っていた。
基本姿勢は負けを楽しむこと。
とはいえ別に手を抜くわけじゃないし、勝負を投げているわけでもない。
全力で勝ちに行って、それでも負けるならその負けすら楽しんでやれってことだ。
なのでちょっと推奨レベルより上のモンスターに挑みに行ったり、通りすがりのPvP、プレイヤー同士の戦いなんかにも参加してみたり。
あと、ゲーム内各地にあるカジノには必ず立ち寄った。
結果は勝ち負けで7:3くらいか。
実のところ、俺自身の勝負運はそれほど悪くはないと思っている。
悪くなるのは【7】という数字が絡む時だけだ。
もうこれは【7】に呪いでもかかってんじゃないかな。
俺を産んだ母親の、クソ親父に対する恨みつらみが呪いになったって言われたら俺は無条件で信じる。
まあ、そんなわけで俺は目の前に浮かんだクエストを受けるか否か、ちょっとだけ悩んだ。
「頼む!あんたが参加してくれたら、ちょうどレイドが埋まるんだ」
「7つの頭を持つ竜退治で、7パーティ合同レイド戦な」
このゲームを始めるに当たって、【7】から逃げない、というのは俺の縛りだ。
なので個人的に言えば逃げられない戦いってやつなんだが、レイド戦だ。
俺だけが負けるならともかく、俺のせいでレイド失敗なんてことになったらと思うと二の足を踏む。
「あっ、クリアとかは気にしなくっていいんだ!」
「そうなのか?」
「ほら、他の参加パーティ。ウィッチーズやマッソウ教団がいる時点でイロモノ集団」
いやそこ戦闘力で言えばトップに入るクランだからな?
だからガチ攻略かと思ったんだが。
「新聞社主催の情報収集なんだよ。だから色んな視点が欲しいってことで、俺がソロの人集めてんだ。まあだから記録されたり配信されるのは許諾してもらわなきゃなんだけど」
便利屋と呼ばれている青年はカジノがらみのクエストで出会いフレンドになった奴だ。顔も広く、人当たりも良いので何のかんのと付き合いが続いている。
そんな彼は俺の【7】に関わるアンラッキーも知っていた。
その上でこのレイドに誘ってくれたというならば。
「喜んで参加させてもらうよ」
「よかったー!んじゃ、参加申請よろしく!」
大袈裟に喜ぶ便利屋に苦笑しながら俺はレイドクエストに参加申請した。
そうして当日。
7パーティ42人が揃った7つの首をもつドラゴンの討伐クエストは遠距離物理攻撃から始まった。
「サンダーアロー!!」
「ファイヤーシュート!」
電撃を帯びた矢が飛び、物理的法則を無視した鉄球が炎となって降り注ぐ。
「GISYAAAAA!!!!!!」
7首ドラゴンは大きな咆哮を上げ、プレイヤー達の方へ足を踏み出す。
「一番槍はもらった!」
「それはオレだってーの!」
槍使いが元気よく飛び出せば、それを追って剣士も駆け出す。
「後衛には抜かすな!」
「前衛が戻ってくるタイミングに合わせて、ガードしろ!」
「わが筋肉を貫けるものなど無し!!」
タンクたちが陣形を組み、ドラゴンを挑発しつつも堅硬な防御壁を作り出した。
「魔法職、タイミング合わせて、波状攻撃しかけます!」
指揮官の合図で火が、氷が、雷が長い尾を描いてドラゴンの頭上に降り注いでいく。
そして、俺はそれらから少し離れ、戦場を迂回してドラゴンの後ろへ回り込んでいた。
「いや、しかし皆、元気だねぇ」
「クリアできれば初討伐ですし?クリアできれば」
「初討伐報酬は欲しいけど、初見クリアは難しいっしょ」
「小説ならぁ、ギリギリのとこでクリアしてぇ、一躍有名人〜って展開なんだけどぉ」
小声ながらわいわいがやがや、普段ソロで活動している寄せ集めチームは、戦い方がトリッキーなやつ揃いのため、奇襲をしかけるべく行動している。
他パーティーは真剣に初クリアも目指しているようだが、ここのメンバーは気楽なものだ。
「もう少しで、ドラゴンの出現位置に、到達します」
地図職人が声をかけると、皆が共有された地図を確認する。
それぞれ、自分のスキルが使えそうな場所を検討し、ここから散開することにした。
「向こうがこのまま安定してれば、こっちは出番ないかもしれないけどね」
「地図が、更新できれば、また共有、します」
手を振り合い、各々の仕事をしに散っていくメンツを見送り、俺はドラゴンが行った道をそのまま辿ることにした。
俺のスキルはランダム要素に塗れている。
もちろん、それらの確率を高める装備や道具は揃えているものの、狙って何かできるものではない。
なのでのんびり後追いしてみることにしたわけだ。
バチバチやり合っているエフェクトを前方に見つつ、ドラゴンの初期位置に辿りついた時、俺は奇妙なものをそこで見つけた。
ドラゴンがいた場所は荒野の真っ只中。
そこに枯れ木が積み重ねられ、雑に作られた円形闘技場のような形になっていた。
いや、人間サイズで考えるから闘技場に見えるが、これはいわゆる巣と言えるだろう。
つまり、中央に残されている2メートルほどの鈍色のカプセルは、七首竜の卵ではないだろうか。
しかも7つもある卵は、先ほどからピシピシと音を立てている。
「スタート地点に卵があった!しかも孵化しかけている!」
慌ててレイドチャットで叫んだ。
孵化のきっかけが親ドラゴンのHPに関連しているのか、巣にプレイヤーが近づくことなのかは分からないが、今の俺がちょっとしたピンチに陥っているのは間違いない。
二メートルある卵から孵るドラゴンの雛7匹に囲まれれば、タコ殴りになる未来しか見えない。
できれば今から離脱したいが、今回のこれは情報収集がメインと言われている。
ならば、誰かが駆けつけるまでの間だけでも戦って、情報を集めるのが仕事じゃないか?
そんな風に考えて、俺はひとつの七面体ダイスを宙に投げた。
「【leave fate to heaven】」
スキル名を唱えると、空中でダイスは光を放ち、コロン、と転がって一つの数字を示す。
出た目は5。
効果は自身の防御力アップ。
まずまずの出だしではないかと思う。
バキッと音がしてひとつめの卵が孵った。
黒い雛竜が、孵ったばかりだというのにこちらに敵意のこもった目を向ける。
「【count up】」
続けざまにダイスを投げる。今度は二つ。
この【天に運を任す】というスキルは失敗するまで連続でダイスを振り続けることができる。
そして出た目で様々な効果が現れ、攻撃や防御を行うものだ。
出目が揃ってしまえば失敗となり、その数字に応じて自身にダメージやデバフを与えることになる。
いわゆる何が起こるか分からないという、まさしく運任せのスキル。
更に一度振るごとにダイスが一個づつ追加されていき、効果はダイスの数だけ掛け算されるが、失敗の際にも同じくダメージは倍増することになる。
「決定的失敗までに誰か来てくれればいいんだけどな」
二度目のダイスも防御アップ。
三度目、四度目で相手の行動阻害。
ちょうど4匹目が孵り、1匹目の攻撃が届きそうになっていたところだったので助かった。
五度目は攻撃反射。
四匹の雛竜から吐かれたブレスはぎりっぎりで跳ね返された。
ちょうど孵ったばかりの雛竜まで含んだ、ぎゃあぎゃあという鳴き声がうるさい。
赤ん坊に酷いことをしている罪悪感も湧くが、君たち攻撃してくる気満々だからね、ごめんね。
六度目は敵の防御力低下。
うわっ、拘束が剥がれて後から孵った二匹も一緒にこっちに向かってきた。
そういや雛竜はどれも首ひとつなんだなと考えながら回避したが何発かくらう。
最初の防御アップがなかったらやばかった。
ブレスが痛え!
次は七度目。
俺にとって鬼門の【7】。
確率としてはここまで成功が続いているだけでも幸運。
だけど、ここで失敗すれば、7倍のダメージがくることになる。
遠目に見えるHPゲージで、こいつらの親である七首竜の累積ダメージが半分ほどになっているのが分かったが、あちらで戦っている面子がこっちに来てくれる可能性は限りなく低いだろう。
ここで逃走という手段も脳裏をよぎったが、俺が俺に掛けた縛りがある。
少なくともこの第二の世界では俺は【7】から逃げねぇ!
「……【count up】!」
くるくると空中で7つのダイスが回る。
キラキラ光るエフェクトの中でコロン、コロンと数字が確定していく。
7・7・7・7・7・7………7!
「うっそだろ!!!!どんだけ祟るんだよ!」
自棄になって作った自分の縛りを恨みそうになったが、反対にここまできたら楽しくなってきた。
「ああ、もうすげえな!パーフェクト・アンラッキーセブンだ!」
目の前に迫る7匹の体長1.5mの雛竜。
俺が引き当てたダメージ効果は【自爆】。
「ある意味、一匙の幸運は含まれてっかな?」
笑った瞬間、視界が白一色に塗りつぶされた。
まあ、そんなこんなで雛竜と、ついでに近くまで来てくれていたらしい便利屋を巻き込んで派手に自爆し。
7倍ダメージの自爆の余波は、本命たる7首竜にもちょびっとだけダメージを与え、復活待機時間を過ごすうちにレイドは終わった。
メンバーの獅子奮迅の活躍で初見クリアを達成したらしい。
一部始終は妖精により撮影していたため、自爆シーンでは「どんだけ【7】に恨まれてるんですか?!」と便利屋から爆笑をいただいた。
それでも、ドラゴンの巣に卵があることと、雛竜が孵るという情報は喜ばれたのでよしとしよう。
さらにおまけとして。
「ぎゃう!ぎゃう!」
「あ〜、お前らちょっと大人しくしてろ。今、餌代稼いでんだから」
今、俺の足元に戦った雛竜より小さい30cmほどのチビドラゴンが七匹いる。
どうやら雛竜は隠しクエスト扱いになっていて、その初討伐報酬として雛竜のテイム権を獲得してしまったらしい。
相討ちでは?と思ったが、防御力アップのおかげで俺がロストするのがわずかながら遅かったようだ。
爆風ダメージのおかげで、クエスト自体の戦闘にも参加したと認証されたみたいだったし。
で、テイム権、というだけなので、実際にテイムするかどうかはプレイヤーの判断に委ねられていたんだが【7】という数字がな……。
これは縛り的に取得しなきゃならんだろうと、全匹テイムすることにしてしまった。
チビとはいえ竜なわけで騒ぐわ、食うわ、注目されるわ。
ここ最近はずっと、こいつらの餌代を稼ぐために、こいつらを寄越せと喚く奴らをカモにしている。
やりたかったゲームができなかった憂さ晴らしに、自棄になって始めたゲームだったが予想外に楽しいし、近頃では【7】という数字への嫌悪感も薄れてきている気がする。
相変わらず俺にとっては、アンラッキーセブンだが、運も不運も紙一重。
使いようによっては、ひっくり返るのかもな?
アンラッキー7 秋嶋七月 @akishima
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