七海ちゃん家の七不思議
矢口愛留
七海ちゃん家の七不思議
※ ホラーにつき、苦手な方は閲覧注意です!
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学校とか、廃墟とか、そういうのじゃなくて普通の二階建てのおうちなのに。
七海ちゃんは幼稚園児だ。
私は、七海ちゃん家の隣に住んでる小学生。
家が隣同士だから、七海ちゃんは時々うちに来て、一緒に遊んでる。
けれど、七海ちゃんの家には行ったことがない。
私は、七不思議の話がどうしても信じられなくて、ある日七海ちゃんに聞いたんだ。
どんな七不思議なの? って。
七海ちゃんは、ちっちゃい指を曲げ伸ばしして、数を数えながら答えてくれた。
「えっと、一つ目はね。おうちの前に人が近づくとね、明るくなるの」
それは人感センサー付きの玄関灯だ。
私のおうちにもあるから、知ってるよ。
うちに人感センサーの玄関灯を取り付けた時、通るたびに光るのが面白くて何度も玄関の前をウロウロしてたら、お母さんに怒られたんだよね。
「二つ目はね、網戸を閉めてるのに、いつの間にか虫が入ってくるの」
うんうん、それ、うちもあるよ。
ちっちゃい虫、いつの間にかいるんだよね。
悪さはしないけど、なんとなく気になるやつ。
「三つ目はね、おもちゃがすぐどこかに隠れんぼしちゃうの。それでね、探してる時は見つからないのに、しばらくすると変なところで見つかるの」
それは、お片づけが上手じゃないからだよ。
私もよく怒られる。
「四つ目は、寒い日に窓からお水がいっぱい出るの。五つ目は、階段を何回数えても数が合わないの。六つ目は、壁に人の顔があるの」
四つ目は結露だね。理科の授業でやったよ。
五つ目は、多分、七海ちゃんが数を上手に数えられないからだよ。七までは数えられるんだけど、八を越えると、急にわかんなくなっちゃうんだよね、七海ちゃん。
六つ目は、怖い感じがするけど、木の模様だと思うよ。うちもリビングの床にトナカイさんに見える模様があるもん。
「それで、最後の七つ目なんだけどね……実は、ないんだ」
「えっ? ないの? じゃあ、六不思議じゃん」
「ないのが不思議だから、七不思議なの」
「うーん……?」
「だからねっ! 七番目の不思議を作りたいのっ!」
「作るの? 七不思議を?」
「だって、七つ目の不思議がなかったら六不思議じゃん」
「それさっき私が言っ――」
「だからね、七つ目の不思議を考えてほしいのっ!」
「考えるって……」
すぐに思いつくのは学校の七不思議だ。
でも、学校の七不思議って言ったら、トイレに幽霊が出るとか、音楽室のピアノが夜中に鳴り始めるとか、人体模型が動くとか……どう考えても一般住宅では再現できない。
「うーん、うーん。あ、そうだ! 七海、決めたっ! おねえちゃん、七海のおうちに来て、一緒に考えてよっ」
七海ちゃんは、真剣に考えていたかと思うと、ニカっと笑ってそう提案した。
「いいの? おうちの人に怒られない?」
「大丈夫、いないから。行こっ」
そうして、私は七海ちゃんの家に、初めて足を踏み入れたのだった。
――そこには、予想外の光景が広がっていた――。
「さあ、どうぞどうぞ」
「お邪魔します」
私は、ごくごく普通の家の、ごくごく普通の玄関へと近づく。
その時――
ボッ!
音を立てて、青色の火の玉が、いくつも私たちの周りに現れたのだった。
「ひっ!?」
「えへへ、びっくりした? これが一つ目の不思議だよ。うち、玄関にヒトダマがいるの」
「じ、人感センサーじゃないの……?」
「なにそれ、七海知らなーい」
七海ちゃんは、相変わらず屈託のない笑みを浮かべていて、私はそれが無性に恐ろしくなった。
さっきからずっと背筋がゾワゾワしていて、鳥肌が止まらない。
脳みそが警告を発しているようだ。
「ね、ねえ、おねえちゃん、もう帰ってもいいかな……?」
「えー、ダメだよぉ! 七海と約束したでしょー?」
そう言うと同時に、七海ちゃんの瞳が妖しく光ったような気がした。
自分の気持ちと裏腹に、七海ちゃんの家の中へと足が勝手に動いてしまう。
「な、なに、これ……」
玄関から家の中に入ると、そこは、まさに異空間だった。
あたりには、大きな目のついた蛾や、極彩色の蝶、拳大ほどもある大きな
それに混じって、人形や積み木、おもちゃの車などが浮かび、彷徨う。
窓には顔のように目と鼻、口にあたる位置に切れ目が入っている。
切れ目が時々変に歪みながら、寒いようと声を上げ、大粒の涙を流していた。
二階に繋がっている階段はぐにゃぐにゃと歪み、好き勝手に伸び縮みしていて、正確な段数が分からない。
そして、ふと壁に目をやると……
「ぎゃー! ひ、人!」
――壁には、夥しい数の人の顔が、埋まっていた。
血の気を失い青ざめてぴくりとも動かないが、その質感は本物と見紛うばかりである。
私は、ついに腰を抜かして、その場に尻もちをついてしまった。
七海ちゃんは、怖気がするような甘ったるい声を出す。
いまや、七海ちゃんは幼稚園児とは思えないような、
「――ねえ、おねえちゃん。七つ目の不思議、なにがいいと思う?」
「ひいっ……! も、もう、帰らせてっ……!」
「帰るのは、七つ目、決めてからっ。――あ、そうだ、こんなのはどう? 七海の言うことを聞かないと、
「あ、アンラッキーって……?」
「例えば、うーん、蝶々になってこのお家から出られなくなるとか、ヒトダマの仲間になるとか、あとは……そこの壁に埋まるとか」
「――――!!!!!」
「うん、それがいいねっ。じゃあ、七海の家の七不思議、最後の不思議は
「……な、なに?」
「えっとねぇ……」
にい、と七海ちゃんは笑う。
異常に赤いその唇が、言葉を紡いでいく。
「 」
そうして、私は意識を失ったのだった。
「いつまで寝てるの! 遅刻するわよー」
いつも通りに私を呼ぶ声は――お母さん。
重い瞼を開けると、そこには、自分の部屋の天井と、私を覗き込むお母さんの、ちょっと怒った顔があった。
いつの間にか朝になっていたようだ。
私は、あたりを見回して異常がないことを確認する。
「あ、あれ? 七海ちゃんは?」
「ななみちゃん? 誰のこと?」
「え? お隣の、七海ちゃん。幼稚園に通ってる」
お母さんも、七海ちゃんには何度も会っているはずだ。
当然、知らないはずがないのだが、お母さんは眉をひそめ、不審そうにしている。
「まだ夢でも見てるの? 右のお隣さんはお爺ちゃんとお婆ちゃんの二人暮らし、左のお隣はずっと前から空き家じゃない。寝ぼけてないで、顔洗っといで」
不機嫌そうに言い放って、お母さんはさっさと部屋から出て行ってしまった。
「え……でも、確かに、ずっといたはず……ずっと前から」
昨日の出来事の方が悪い夢だったと、信じたい。
でも、私が意識を失う前――最後に、七海ちゃんと約束をしたんだ。
――七海のこと、ずっとずうっと覚えててね。忘れちゃったら、アンラッキー7だよ。……あはは、でも、そしたら、ずうっと一緒にいられるね――
背筋をぞおっと走る寒気と冷や汗は、しばらく止まりそうになかった。
七海ちゃん家の七不思議 矢口愛留 @ido_yaguchi
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