地下アイドルグループ・アンラッキー7
月見 夕
7人の不幸な少女
病み系アイドルは根強い人気を誇るらしい。
小さな芸能事務所に転職して早々、新規のアイドルグループ立ち上げに関わることになった俺は、どんなコンセプトのグループにしようかと考えあぐねていた。
そもそもそこまでアイドルには興味がない。ので、何が世間に刺さるのかも良く分からない。
そこで先輩プロデューサーに教えを請い、教わったのが件の金言だ。
『病み系アイドルは根強い人気を誇る』
病み系……病み系か。メンタルが弱く境遇的に恵まれていない、ファンの庇護欲を刺激するアイドルということだろうか。確かに強い格好いいアイドルよりも可愛い守ってあげたい女の子の方が売り出す方としても分かりやすいかもしれない。
もっと踏み込んで、キーワードを『不運・不幸』に設定する。
コンセプトは『不運や逆境に負けそうになっても、あなたのために歌うアイドル』に決まった。グループ名はスタッフの満場一致で決まった。『アンラッキー7』だ。
会社が主催でオーディションを開催し、また既に会社に所属しているのを適当に見繕い、合わせて7人の少女を集めることに成功した。経歴は以下の通りだ。
①あざとく夢見る少女・
16歳。あざとさには定評がある弊社所属のタレント。今まで2つのアイドルグループに所属してきたが、メンバーが未成年飲酒をしたり闇営業をしたりでどれも解散し今はフリー。メンバーに恵まれない不運な少女。
②天然系メガネちゃん・
18歳。オーディションで採用。ズレた眼鏡とのほほんとした雰囲気がファンに受けそう。のんびりすぎる性格が災いし起こした物損事故は10件以上。近頃この若さで運転免許証を返納した。
③ひきこもり少女・佐野さゆ(愛称・さゆん)
最年少の15歳。オーディションで採用。あどけないアニメ声と三白眼のギャップがコアなファンを呼ぶと期待。散歩に出れば自転車が突っこんで来るし、バスに乗ればバスジャックに遭う、外出にとことん向かない不運な子で現在は引きこもり。
④7人のお姉さん的存在・
21歳。サバサバした性格が見ていて気持ちいい弊社所属のファッションモデル。最近年齢を18歳だとサバ読んでいるのがSNSでバレて雑誌の契約が1本フイになった。
⑤スピリチュアル少女・
19歳。オーディションで採用。子役経験があるため芸歴は15年のベテラン。占いが好きすぎて有料電話占い相談にハマり、カードローンと消費者金融併せて3社に対して多額の借金を抱えている。
⑥オカルト娘・浜川春香(愛称・はるちゃん)
17歳。他事務所から転籍。アイドル経験あり。肝試しで心霊スポットに行ったことがきっかけで怪奇現象に巻き込まれるようになり、行く先々の現場でメンバーやスタッフが謎の体調不良になったため前のグループを強制卒業させられた。
⑦元真面目ちゃん・
20歳。弊社所属のゲーム実況系YouTuber。名門の進学校出身だが、勉強漬けだった青春時代の反動で酒とパチンコに溺れ、肝臓の数値は7人の中で最悪。1パチより4パチ派。
ここまでメンバーの情報をまとめていて、俺は眩暈がしていた。まともな人間がいない。芸能人のように尖った才能を持つ人間は一癖も二癖もあるというが、これはさすがに集団行動が怪しいレベルの子も引き受けてはいないだろうか。
一応プロデューサーは俺なのだが、上からの圧力もあるためオーディションをする前から所属が決まっているメンバーもいて、事務所の残り物を詰め込んでいる感は否めない。
しかしせっかく入社したばかりの会社だ、任されたからには何とかして成果を上げたい。
初顔合わせ(一部リモート参加のメンバーもいたが)の際にも、彼女達の表情は不安そうだった。
「プロデューサーさん、不幸な私達を導いて――くれますか?」
センターを務めることが決まっていた藍音あるみは上目遣いでそう言った。
そうだ。これまで身に覚えのない不運(一部自業自得の者もいるが)に苛まれてきた彼女達だ。プロデューサーの俺が彼女達を輝かせないでどうする。
人生で一番のやる気を出し、デビューに向けて準備を進めた。
アルバイトやらタレント業やらで何かと忙しい彼女達だ、スケジューリングは困難を極めた。なんとデビュー本番のステージまで7人全員が集まることはできなかった。
しかし俺はめげずに歌やダンスの練習をさせている裏で協賛を取り付け、ビラ配りのような情報宣伝活動を行う。
メンバーの心身を支えるのも俺の仕事だ。寝坊したり二日酔いで動けなかったりするメンバーがいれば迎えに行き、自己肯定感の低さから落ち込んだメンバーがいれば缶コーヒーを飲みながら話を聞き、電気・水道が止まったと言われれば給料の前借も許した。出来るだけのケアはした。
そして――俺と彼女達は来るべき日を迎えた。
華々しいデビューを果たす舞台は、ショッピングモール内の5階にある小劇場だ。地下アイドル御用達のこのステージで、アンラッキー7の伝説は始まる。
初めて7人全員が顔を合わせた舞台袖で、円陣を組んだ彼女達は開演前の最後の声出しを行う。
「さあやっとこの日だね――みんな、準備はいい?」
「もっちろんだよう、この日のために事故しないように自転車売り払って電車通勤にしたんだからあ」
「久しぶりの外の空気、引きこもりには辛いわ……」
「大丈夫だってさゆん、何か突っ込んできてもお姉さんが止めたげるから!」
「今日のメンバー運は最高だよ! 星の導きがそう示してるって先生が言ってた」
「不自然なくらいに霊障が止んでいる……これが吉兆と捉えるべきか、嵐の前触れと捉えるべきか……」
「うっ……昨日緊張して飲みすぎたかも……誰か胃薬持ってない?」
うん。みんな思い思いのコメントだ。それもまあよかろう。
声出し風景の映像をSNSに投稿し終えた俺は、音響スタッフからのゴーサインをもらい頷いた。
彼女達をステージに送り出すときが来た。
「さあお前ら、楽しんで来」
言い終わる前に、ステージの方で大きな音が響き渡った。慌ててそちらを見ると天井から吊っていた巨大なライトが落下し、ステージの床に大きな穴を作っていた。あんなもん直撃していたら間違いなく死ぬ。
何故? あんな大きさのものが何の前触れもなく落ちるのか?
疑問を置き去りにして、次に人もまばらな観客席から銃声が上がった。
「アイドルとそのドルオタの野郎共! 命が惜しくば全財産をこの袋の中に入れろ!!」
なんてことだ、こんなタイミングで銀行強盗ならぬライブ強盗が現れるなんて……。
俺はひとまず悲鳴を上げるメンバーを一旦舞台袖の奥に避難させようと先導するが、その時床が立てないほどの大きな揺れに見舞われた。今度は何だ!?
窓の外を見ると、ショッピングモールの入口に大きなバスが突っこんでいるのが見えた。車体は煙を上げながらガラス戸を深々と突き破っている。あれがビル全体を揺らしたらしい。
まごまごしていると、非常用の館内放送が響き渡る。どうやら先程のバスの事故により火災が発生したようだ。突然天井のスプリンクラーが作動し全員がずぶ濡れになった。しかし濡れたことぐらいで済んでいるのが幸運だとすら思った。
7人分の不運と日頃の行いの罰が降りかかったような気がした。
こんな1分くらいの間にいくつの不運に見舞われればよいのだろう。とてもじゃないが、生きた心地がしなかった。
悲鳴と怒号とスプリンクラーの雨が渦巻くステージから、強盗達の叫ぶ声がこだましていた。
俺は転職することを決めた。
地下アイドルグループ・アンラッキー7 月見 夕 @tsukimi0518
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