あなたは?

山田とり

 この人は、私の七人目の彼だ。

 今もじもじと落ち着かないのは、たぶんプロポーズのタイミングをはかっているから。

 この堅実な人が付き合って二年目記念日にちょっといい店を予約するなんて。きっとそういうことじゃないかと思う。


 結婚か。私も、できるのかな。

 そう考えてしまうのは昔、裏切られたことがあるから。

 あなたは裏切ったりしない? 少し怖い。



 あれは一人目に付き合った男だった。結婚しよう、て言ってたのにあっさり心変わりされた。

 別々の小学校に入学して会えなくなったからだそうだ。遠恋も我慢できないとか、本当に子どもっぽい。

 私のダメ男遍歴は幼稚園の年長さんから始まっている。



 二人目の恋人にはまんまと騙された。お金目あてだったんだ。

 よくあるじゃない、好きな子には意地悪しちゃう、て。それかと思ったんだよね、筆箱とかキーホルダーとかマスコットが失くなるの。

 犯行現場を押さえられて先生の前に立たされた彼が、私を見て赤面し目をそらした。ああ、となった私は彼を許した。

 仲良くしようよ、て家に招いてみたら、ゲームソフトが何本か消え失せた。親が激怒して、私たちは引き裂かれた。まあ私も愛想が尽きたけど。



 三人目に付き合った彼は、妙に距離感の近い人だった。教室でも廊下でも、人目を盗んでは身体を寄せる。

 文化祭のお化け屋敷に二人で入り、暗さに腕を組んでしまった時に鼻血を出したのには驚いた。後から思えば、腕に胸が当たったのかも。ちなみに私は中学生当時Cカップだった。

 その後、冬の薄暗い下校中に公園の片隅に引っ張っていかれ胸をもまれた。ただひたすら痛かった。顔に平手打ちして別れた。キスも飛ばして胸なんて最低。



 四人目は明るくやんちゃな人だった。グループ交際みたいなノリで、クラスの数組のカップルでよく遊んでた。帰りの電車でふと二人きりになるのが照れくさかった。

 なのに休日、知らないギャル子と歩いてるのを見かけた。月曜日に学校で問いただすと逆ギレされた。お前がヤラせないからだろと叫ばれて、おかげで私の純潔は証明された。



 五人目の男は会社員だった。学生の私から見ると、ちょっと大人で格好よかった。でも結婚してるのを隠されていた。

 自分より高学歴で稼ぎがいい妻へのコンプレックスで、立場が下の女がほしかったらしい。知らずに不倫してたことよりも、下だとディスられて傷ついた。

 その時の会話を録音していたので、証拠として本妻へ提出したら真剣に謝罪された。もっと傷ついた。



 六人目は会社の同期だった。面接の時に見かけて可愛いと思ってたと言う。入社式で会えて、これは運命だと。

 しかし他の同僚と業務上必要な会話をしても怒る。他社さんに笑顔で対応しても般若の顔。あげく私の肩にうっかり手を置いた課長に殴りかかって退職した。課長はキモかったので少しスッとした。

 でもヤンデレというのかストーカーというのか知らないが、束縛も加害行動もごめんこうむる。私はひっそり転職して逃げた。



 その転職先で出会ったのがこの人だ。

 男性全般への警戒心を持つ私だが、この人の無害感は高く評価できる。

 私が誰と会っても、ちょっと寂しがるだけで怒らない。私の仕事をほめてくれるし、頼ってくれる。身体に手を伸ばす時には疲れてないか痛くないか、すぐ気にする。ぼんやりしてモテないし器用じゃないから二股なんてあり得ない。物欲がないし賭け事もしない。


 つまり、これまでの駄目男のトラウマをほとんどクリアしてくる人なのだ。

 後は、結婚に関してだけ。求婚して逃げるような真似、するのだろうか。


「あ、あの、あのさ」

「うん、なに?」

「僕と、結婚して下さい!」


 言ったわ、この人。本気なの?

 どうしよう。この先この人が逃げ出さないとは限らない。でも承諾しないことには、それも見届けられない。


 私はこの人を信じられるだろうか。

 信じて裏切られるかもしれないのに、勇気を出せるだろうか。

 もう一度、傷つくかもしれないのに。


 ――だけど、頑張ってみようかな。


 私が微笑みを浮かべると、彼は安心したように笑った。なんて嬉しそうなんだろう。私も嬉しくなる。


「よかった。じゃあ今度、僕の実家に紹介しに行きたいな」

「……どこ?」

「大丈夫、出張で行ったことあるよ。近くに支社があるからさ。いずれ向こうに転勤願い出さなきゃなあ。祖父母も同居してるんだけど、最近だいぶ弱ってきてね。早くお嫁さんを連れてこい、ひ孫の顔を見せろってうるさくて」


 ――ああ。

 また別種の、駄目男だったのか。


 私は微笑んだまま伝票を確認し、きっちり半額を置いて席を立った。


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