筋肉
潜道潜
第1話
金曜日はサボりの日。
そう決めているけれど、別に守らなくたっていい。
「おー、登る登る。すごいな、僕と同じで今日初めてなのに」
高校からの下校ルートを少し外れた場所にあるショッピングモールの北の端。
ゲームセンターと書店が並んでいるゾーン。
その書店側で思うさま好きな本を立ち読みする。
金曜日の放課後は、そんなローカロリーで優雅な一時を過ごすのが、僕の日課であるのだが。
今日は勝手が違っていた。
「きぃちゃん、運動付き合って!」
時刻は少し遡り、17時。サボリはじめのその時間。
書店前で僕を待ち構えていた、サボリ仲間の
僕が書店でサボるように、歩はゲームセンターでサボる。
彼女は専らプライズゲームを得意としており、帰り際、おみやげぇ、と言いながら取ったお菓子を僕に譲ってくれるのがお決まりだ。
そんな気のおけない関係だから、まぁ大抵のお誘いは受け入れられるものだけど。
「いいけど……何? DDRとかすんの?」
「んにゃ、もっと全身使うやつだよぉ」
そう言って、くるりと方向転換。
やって来たるはショッピングモール南の端。
ボルダリングのできるジムであった。
そんなワケで、僕は今、たまたまカバンに入っていた
ボルダリング。ご存知だろうか?
そう、壁にフジツボみたいにくっつけられてる、カラフルな岩を伝って登る。要するに全身運動な競技だ。
壁にはたくさん岩があるが、一度のクライムで使えるのは、予め決められている一連の岩だけ。
課題と呼ばれるその一連の岩からなるコースを登りきり、ゴールの岩に両手をかけるのが目標だ。
最初のうちは、簡単な課題、それこそちょっと変わったハシゴを登るようなモノだったのだが。
すぐに全身をしっかり使わないといけない絶妙な配置へと変わってしまい、そもそもあまり運動が得意ではない僕は、早々に外野落ちしたのだった。
反対に、いいだしっぺの歩は、するすると器用に登っていた。
160cmを少し超えた、平均よりやや高い長身。
すらりと長い手足をそのままに伸ばし、力を感じさせることなく静かに登っていく姿は、とても始めたてには思えないほど様になっていた。
急に運動すると言い出した理由について、本人は、ちょっと太っちゃたからぁ、などと言っていたのだか。
この堂々たる登りぶりをする背中を見ていると、ただ単によい意味で成長著しいだけなのでは?と思えてくる。特に運動などしているわけではないだろうが、体幹の良さを感じる。
そう言えば、唯一教室を共にした中学時代の塾でも、いやに姿勢が良かったなぁと思い出す。インナーマッスルというやつだろうか。普段の生活からして、彼女にとってはトレーニング代わりになっているのかもしれなかった。
「はひぃ、つかれた、つかれた」
「お疲れ」
逆再生のごとく鮮やかに降り、こちらに向かってきた歩に、僕はタオルを差し出す。
ありがとぉ、と言って受け取ると、彼女はストンと僕の隣に座りこんだ。
「しっかし、鮮やかに登ってたな、すごかったよ」
「えぇ? おだてても何も出ないよぉ?」
「いやいや、ほんとほんと」
「でぇ、きぃちゃんはもう登んないの?」
「あー、どうしよっかなぁ」
「きぃちゃんのいいトコ見てみたい!」
「えー、しょうがないなぁ」
まぁ、アレだけいい登りっぷりを見せてもらったんだから、多少はお返しをしておかないとバチが当たりそうだし。サボってばかりも良くはない。
そう理屈をつけて、スタートの岩に手足をかける。
あぁ、これ、明日は筋肉痛だろうなぁ。
筋肉 潜道潜 @sumogri_zero
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