最終話 生き直し

「おーきーてー! ローギ! 起きろ起きろ起きろ起きろ!」

「……うー……るせぇなあ……たまの休みくらい」


 寝返りを打ちながらむにゃむにゃと寝言のように返す。


「今日はみんなと遊園地行くんでしょ!?」

「ああ……そうだったな……今何時だ」


 言いながらも楼義ろうぎは枕元にあった置時計に目をやる。まだ7時。あと30分くらいは寝ていても大丈夫だろうと布団をゆるゆると被った。


「9時!」

「……だから……まだまだ余裕じゃねえか——9時!?」

「そう!」


 置時計をもう一度見る。秒針が進んでいない。


「うーかーこー」

「なに?」

「お前、まさかまた電池を入れ替えたのか?」

「うん! ローギがこの間、向こうの掛け時計が動いてないと不便だって言ってたからね。偉い?」

「偉くねぇぇぇぇぇえええ!! どうしてそういう発想になるんだよ!」

「ええ!? なんで怒ってるの!?」

「うるせえ! お前のせいで遅刻しちまうだろ!」

「なんであたしのせい!?」

「うるせえ!」


 楼義ろうぎは出掛ける準備をして兎佳子うかこと一緒に部屋を出た。


 駅まで向かって走っていく。


 あのあとラボは実質消滅した。公安の人間が来たときに、連崎れんざきは気を失っており、事情聴取があとになったと言うのもあるが、なにより美土利みどりのラボに対する裏切りが大きかった。彼女たちが残した人工過死者じんこうかししゃ製造履歴が、ラボにとどめを刺したのだ。

 公的な機関が、オープンにできない研究をしていた。国民に不安を与えないためには、これに対して口を噤むほかなく、ラボ職員に対する正式な手順を踏んでの送検や刑罰は望めなかった。ただし、一生社会復帰できないよう、連崎れんざきからは財産と住居と戸籍を奪った。これからはお金も学歴も関係のない社会体系の中で生きて行かなくてはいけない。


 楼義ろうぎは父親のことも告発した。このラボの研究を促進するようなことをやっていたのだから、同じく罰を受けなければいけない。公安調査庁職員は、あとは任せるようにと言っていた。どうなるのかは、知る由もないし知らなくていいと思った。楼義ろうぎにとって彼のこれからなど、どうでも良いことだった。


 兎佳子うかこ楼義ろうぎが引き取ることにした。戸籍上死んでいたが、ラボのことを明るみにしない代わりに、兎佳子うかこには新しい戸籍が与えられた。晴れて来年から中学生になれる。


 楼義ろうぎは彼女に服を買ってやることにした。それは、自分の働いたお金でいつか風梨ふうりに服を買ってやると言う願いを叶えるものだったが、しかしそれとは別の特別な思いがあった。


「似合う服を、ローギが選んでよ」


 彼女はそう言ったが楼義ろうぎは首を横に振った。


「お前が着たい服を着るんだ。誰かに似合うと言われた服じゃあなくてな」


 そのとき買った服を、彼女は今日のお出掛けに着ていくのだとはしゃいでいた。

 そして今、楼義ろうぎの目の前には、その姿の彼女が居る。

 桜色のキャスケットに白いノースリーブ、ベージュのジャンパースカートに帽子と同じ桜色のスニーカー。肩からは細いベルトが垂れ下がり、小さなバッグへと繋がっていた。手には黒いコットン生地のMA―1が握られている。走っている間に熱くなって脱いだのだ。


 なんとか電車に間に合った。兎佳子うかこは、はあはあ、と息を切らしている。汗にまみれる額に、楼義ろうぎはハンカチを当ててやる。


「ありがとうローギ。ローギは足が速いんだね」

「まあな」

「ローギ、朝聞きそびれちゃったんだけど……」

「似合ってるよ」


 楼義ろうぎがキャスケットをポンポンとやさしく叩くと、彼女は顔を明るくして歯を見せて笑う。


「ローギはどうしてあたしと一緒に居てくれるの? フーリに似てるから?」

「はじめはそうだったな」

「でもあたしはフーリじゃないし、その……偽物だよ」


 楼義ろうぎ兎佳子うかこに視線を向けると、彼女は俯いていた。


兎佳子うかこ。お前は風梨ふうりの偽物なんかじゃあない。本物の兎佳子うかこだ」


 肩に手をやると、ゆっくりと兎佳子うかこの視線が上がってくる。


「最初はもしも兎佳子うかこ風梨ふうりならいいなと思ってた。でも今は違う。ちゃんと兎佳子うかこ兎佳子うかことして見てる」

「やった! 良かった!」


 兎佳子うかこはぴょんと跳ねる。電車が揺れて転びそうになるのを、楼義ろうぎが受け止める。


「あぶねえから」

「ごめん、ローギ」


 転びそうになったのがよほど恥ずかしかったのか、彼女の頬は赤く染まっていた。


「ねえ、あたし、ローギのこと好きだよ?」

「ああ……はぁっ!?」

死点戻してんもどしされたあとも、気持ちは変わらなかったよ」

「あ、いや、兎佳子うかこ、あのな?」

「ローギは? ローギはあたしのこと好き?」

「いやだからこんなところで聞くんじゃねえよ……!」


 楼義ろうぎ兎佳子うかこから視線を逸らし、周りを見る。

 乗客は少ないが、ゼロではない。ほとんどが無視を決め込んでいたが、中には二人のやり取りを見て微笑みを向ける者や舌打ちをする者が居た。


 楼義ろうぎは耳まで熱くなるのを感じながら、彼女のキャスケットのツバを下に弾いた。それから乱暴に帽子をぐちゃぐちゃと撫でまわす。

 兎佳子うかこは帽子を被り直し楼義ろうぎを涙目で睨んだ。


「ひどぃい!」

「酷くない! ほら、次で降りるぞ」


 駅で潤香うるか理人りじんと合流して、郊外と都市の間にある廃れたテーマパークへ向かった。


「紫陽花咲いているかな?」


 潤香うるかが花の香りを漂わせながら笑う。香水だろうか。


「咲いていると良いな。時期的にはあってるはずなんだが」


 前回持ち帰ったパンフレットを見ながら楼義ろうぎが答える。


「そう言えば鎖画李さがり先輩は来ないんだね」


 理人りじんが隣に来て尋ねた。


「ああ、俺と潤香うるか、しかも理人りじんまで非番のときに同じ地区の自分が休むわけにはいかないって言ってたな」

「そっか……なんか悪いことしちゃったかな」

「それなんだが、悪いと思うなら全力で楽しんで来い。って命令が下されちまったよ」

鎖画李さがり先輩らしいね」


 理人りじんがふふっと笑う。つられて潤香うるかも笑って、そのまま兎佳子うかこに視線を向ける。


「今日のお弁当は理人りじんくんとわたしで腕によりをかけて作ったから楽しみにしててね」

「わーい! ウルカとリジンのお弁当楽しみ!」


 兎佳子うかこはぴょんぴょんと飛び跳ねながら笑う。

 楼義ろうぎはそれを横目に見ながら理人りじんに語りかける。


「逆葬儀の誤解も解けたことだし、これからは俺たちに任せてくれよ」

「それなんだけど、やっぱり僕は僕なりに灰化葬はいかそうを続けるよ」

「なんで?」

「僕の愛した人は、別にラボの思惑で殺されたわけじゃあないからね。やっぱり四方香よもかと同じような過死者かししゃも居ると思うから。これでやめてしまったら、四方香よもかの死に方を否定することになってしまうからね」

「むぅ……そうか」


 楼義ろうぎは残念そうに視線を落とした。


「だけど別に、この前みたいに邪魔をしたりはしないよ。逆葬儀屋センターから振られた仕事をこなすだけ」

「わたしが過死者かししゃになったら、理人りじんくんに灰化葬はいかそうしてもらおうかな」


 唐突に潤香うるかが割り込んだ。


「はあ!?」


 楼義ろうぎは驚いて大声を出し、潤香うるかを見る。


「だってもしもわたしが自殺しようとして過死者かししゃになったら、それって楼義ろうぎくんにフラれたときじゃあない? だったら逆葬儀より灰化葬はいかそうを選ぶかなあ」

「わあー! ローギモテモテだね!」


 ニシシと笑う兎佳子うかこに、潤香うるかも笑いかける。


「いや、笑いごとじゃあねえんだけど」


 楼義ろうぎは頭を掻いて片眉を上げた。


 4人がテーマパークのゲートを通ると、すぐ横に大きなポスターが貼ってあり、楼義ろうぎは立ち止まった。気付いた3人も止まって、ポスターの内容を読む。


 4人は顔を見合わせて、ほがらかに笑い合うと、また歩き始めた。


「良かったね」

「うん! 良かった!」

「これは僕でも灰にはできないね」

「そりゃそうだろうぜ」


 そのポスターにはでかでかと『リニューアル工事を実施します』と書いてあった。

 どうやらこのテーマパークは生き直すことを決めたらしい。

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オーバーデッドと逆葬儀 詩一 @serch

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