牛すじは固く、頭は柔らかく

五色ひいらぎ

牛すじは固く、頭は柔らかく

 山国の辺境伯を迎えるまで、あと三日。発注も考えたら、そろそろ会食の献立は確定させないといけねえ。朝食の片付けが一段落した後、俺は、少しばかり寝不足の頭で市場を歩いていた。

 昨夜は、ちょいとばかり夜更かしをしちまった。レナートの態度にどうも妙なものを感じて、事情を知ってそうな奴にこっそり話を聞いていた……あいつが絶対起きてねえはずの夜中に。おかげで大体の経緯はわかった。


「魚の生臭みに似た毒、か……」


 あつものに懲りてなますを吹く類の反応だと、言ってしまえばそれまでなんだが。とはいえ一度死にかけたとあれば、そう簡単にあいつの警戒心を拭えはしないだろう。

 だからと言って、いまさら無難な肉だけでまとめるのもしゃくだしな。どうしたもんか。


「ラウルさん。何かお困りで?」


 肉屋の主人に声をかけられ、我に返る。恰幅のいいおやじさんの背後には、赤く艶やかな枝肉えだにくが所狭しと吊るされていた。

 ……今のところ妙案も出ねえ。上質な肉を用意しておくに越したことはなさそうだ。


「ああ、三日後に賓客をお迎えするんでな。献立を考えてた。最上質のヒレ肉、用意できるか」


 訊ねてみれば、おやじさんは難しい表情を浮かべた。おい、後ろに並んでるつやっつやの肉たちはどうなってるんだよ。


「どうした。王宮料理人のご用命だぞ」

「ご用立てはできるのですが……その」


 伏せがちの目で、おやじさんは店の中を見た。バラされた半端な肉が、いくつか山を作っている。


「スジ肉が少々余り気味でして。よければ一緒に引き取っていただけませんか」

「王宮相手に抱き合わせとは、いい度胸だな?」

「ラウルさんの腕なら、固い肉もヒレ肉に劣らぬ美味しさにできるでしょう?」


 褒められて悪い気はしねえ。

 それに、スジ肉はスジ肉で使い道がある。筋肉の部位だから固いが、スープを取るには最適だし、残った肉も煮込めば再利用料理レッソリファットにできる。王侯貴族に出せるような立派な物じゃねえが、賄い組の密かな楽しみには十分だ。

 そうだな、三日後の賓客も大事だが、今日明日の食事もそれはそれで大切だ。今日の夕食は牛肉のスープにしてみるか。出涸らしの牛スジは厨房の連中向けに、端切れ野菜と一緒にトマトソースで煮て――

 と、思ったところで、不意に閃きが降ってきた。


「これだ!」


 急に叫んだ俺に、おやじさんは目を丸くする。


「どうされました?」

「ありがとなおやじさん! 献立の案、まとまりそうだ!」


 頭の中が、激しく回り始める。

 そうだな、やりようはいくらでもあったんだ。賓客を楽しませ、レナートの怖れも呼び起こさず、かといって無難にも陥らず、この地の幸を余すところなく皿に盛り込む、そんなやり方は。


「最上級ヒレ肉はどうされます?」

「もちろん注文だ! ああ、スジ肉も買い取らせてもらうぜ。厨房の連中に、絶品の再利用料理レッソリファットをたっぷり振る舞ってやるつもりだ。そしてもちろん――」


 俺は、拳を振り上げてみせた。


「三日後の賓客も、最高の料理でもてなすつもりだ。そのために、最高の食材……頼んだぜ」


 拳を解き、おやじさんに手を差し出す。

 何十年もこの市場で肉をさばき続けてきた、筋骨隆々とした手が、俺の手を力強く握り返してくれた。



【了】

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牛すじは固く、頭は柔らかく 五色ひいらぎ @hiiragi_goshiki

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