中編

 トレーニングジムだった。どうしてここにいるのかは分からない。だけど私はトレーニングジムに居た。鏡張りの壁に、各種ストレングスマシンや器具、マットやランニングマシンがずらっと並んでいる。


 呆然とそれらを眺めていると、その中の一つ、私のすぐ隣にあったベンチプレスがガシャンと音を立てた。見ると筋骨隆々の男が横になっていて今まさに筋トレを終えたと言ったところだった。胸板の厚みが半端ない。


 その男が上体を起こす。


「やあ」


 えと、この人は……?


 なんとなく見覚えのある姿にぼんやり考えていると男が座った姿勢で腕の筋トレを始めた。上下する拳にいつの間にかとんでもなくでかいダンベルを持っている。

 そんな彼が話し始める。


「君には申し訳ないことをした」


 いきなり謝られた。

 だけど私は何のことだか分からない。


 あの……。


 問い返そうと口を開いた瞬間、目の前の光景、と言うか男の筋トレの種目が変わった。座っている器具も変わっている。


「チートデイのことを考えていてね、接近する車に気が付かなかったんだ」


 それから男が一言喋るごとに筋トレの種目と使用器具が画面が切り替わるように変わって行く。


 ショルダープレス、トライセップスエクステンション、チェストプレス……。

 ん? 私なんでこんなこと知ってるんだ?


「正直に言えば、私だけならあれくらいなんともなかったんだが、まさか君が飛び込んでくるとは思わなかったよ」


 ああ、やっぱり無駄なことしてたんだ私。


「いや、無駄ではないよ。君の勇敢さには私も感心した。正義の心を感じたよ」


 正義の心って……、あれ? なんでこの人私の考えてること分かるんだ? 私喋ってないけど。


「そのことなんだが、実は問題が生じてしまってね」


 問題?


「ああ、君の体なんだが事故による損傷が激しくてね。自己修復が不可能な状態になってしまったんだ」


 それって、つまり……。


「即死に近い状態だった」


 じゃあ私はやっぱり死んじゃったの?


「いや、違う。君は生きている。ただ一人では生きていけなくなってしまった」


 どういうこと?


「現在私の体、と言っても地球生命圏での大会用のアバターだが、それを構成要素の一部にして君の体の修復作業を行っている」


 ん?


「簡単に言うと私のアバターと融合していると言うことだ」


 は?


「安心してほしい。修復は確実に遂行する。だが問題はそれだけではないのだ」


 え?


 いまいち話を理解できないでいると、遠くで爆発音のような音がして視界が揺れた。


 な、何?


「おっと早速奴らが暴れ出したらしい」


 奴ら?


「詳しく説明している時間はないが、私と敵対している者たちのことだ。私たちをひいた車も奴らの仕業だ。奴らは破壊やネガティブな感情、それと糖質、脂質を好む。それが悪とは言い切れないが、一方対立している私は努力やタンパク質、アミノ酸、そしてこの積み上げてきた筋肉を好む。この惑星では少なくとも筋肉は正義だろう?」


 いよいよ意味が分からない。


 しかし事態は切迫しているようで、さっきよりも強く大きく部屋が振動した。


「ミカ、それを飲むんだ」


 男がそう言うのと同時に目の前にさっき落としたはずのフラペチーノが浮かび現れた。


 えー……。


 それが自分のものだったからか、訳の分からない状況でとにかく一度落ち着きたかったからか私はとりあえずそれに口を付けた。しかしストローで一口飲んで私はすぐに中身が違うことに気が付いた。


「な、何これ? フラペチーノじゃない……!?」


「プロテインさ」


「ぷ、ぷろて……?」


「さあ変身だ!」


「変身!?」


 言うが早いか私は光に包まれて目の前も何もかもが真っ白になった。

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レディ・マッソー てつひろ @nagatetsu

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