レディ・マッソー

てつひろ

前編

 あ、まだやってるとこあるんだ。


 絶滅寸前タピオカミルクティーを横目に私は駅に向かって歩いていた。手には春の新作フラペチーノ。友達のサナと一緒に飲む約束をしていたんだけど、事故で電車が止まってしまったとかで来れなくなったそうで、本人は待たなくていいよと言うし、仕方ないから一人で買って戻って来た。


 駅の手前の交差点、渡っている途中、ちょうど真ん中あたりで向こうから歩いてきた人がしゃがみ込んだ。大きな人だったので視線が奪われた。

 靴紐が解けたようで背中を丸めているのだけれど、それでも岩のようにごつごつとしていてとにかくでかい。所謂マッチョと言うやつだ。


 筋肉すごいなあ、なんて思いながらも、ここまでにはなりたくないなあ、なんて勝手に失礼なことも思う。


 その時はそれだけだったのだけど、すれ違って少しして私は異変を察知した。


 ブレーキ音と人の悲鳴、さらには急速に近付くエンジン音。異常な速度で交差点に車が突っ込んできたのだ。


 やばい。そう思ったのと同時に、何故かすれ違ったばかりの筋肉の人が頭をよぎった。


 私は一歩前に足を踏み出しながら振り返った。するとその人はまだそこにしゃがんだままでいた。耳にイヤホンが入っているのも見えてしまった。


 気が付いていない。車はもうそこまで来ている。


 私は逃げ出すために踏み出した足で地面を蹴って、フラペチーノを放り捨て、しゃがんでいる筋肉の塊に飛び付くように体ごと当たりに行った。咄嗟の行動だった。いや、ほとんど反射的だった。だからこそ彼に当たる寸前、スローモーションになる景色の中で私は後悔した。


 正義感とかそう言うの全然意識したことなんてなかったけれど、私ってこんなことしちゃう人だったんだ。新しい自分見つけた感じだなあ。ま、見つけたところでこれもう終わり臭いけど。死んじゃいそうな感じめっちゃするもん。車凄い勢いだし。殺す気満々。あれ? てか私がこの人に体当たりしたところでこの人動くのかな。明らかこの人の方が重いよね。あれ? じゃあ私無駄死にする感じ? あちゃあ。これはやっちゃったな。あーあ、こんなことならフラペチーノ全部飲んでおけば良かった。


 そして私がマッチョマンの肉壁にぶつかって弾かれた瞬間、車もまた私たち二人に衝突した。

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