第9話 祝宴

 その夜、ハーレム一行は少しお高い酒場の二階を貸切り、祝杯をあげていた。未確認だった巨大な大黒土帯蜘蛛の発見と討伐が功績として認められ、黄金級に昇格したのだ。


「あの蜘蛛の甲殻ぱねぇっすね!」


「そっそう? 私たちにかかれば、あんなの雑魚なんだから!」


 宴席にはダウデンたちとその後輩が合流し、いつにない盛り上がりを見せ始めている。


ヘスティアは一人、運河の岸辺に張り出した座敷の欄干に肘をつき、物思いに耽っていた。


(化け物蜘蛛が現れたあの一瞬、十一層から感じた気配は本当に蜘蛛のものだったのかしら)


 もっと禍々しいものであったような気がしていた。今更考えても確かめようのないことではあるが。


ふわりと涼しい風に乗せられ、白い花びらが手元に舞い落ちてくる。川沿いにヨザキスイレンが咲いているのだろう。


階下に意識を向けると、ざわめく人々の会話が聞こえてきた。


「二階の美女だらけのパーティ、黄金級に昇格したって本当か?」


「はっ。西からきた奴らの間ではとっくに噂になってるよ。変なパーティ名でさ、確か——」


『異郷のジパング』


 口々に意味がわからないと囁かれるパーティ名に少し笑ってしまう。


いつのまにか宴席には雅な弦楽器の音色が流れていた。アナンシャが故郷の楽器であるシタールを爪弾いているのだ。どこか、望郷の念を誘われる響きだった。


『ジパング』とはミコトの今は亡き故郷の名前だという。


一行は、ミコト以外の者が見たこともない、世界すら異なるジパングの再興を目指し旅をしている。


ヘスティアの生まれた国では、異なる世界に続く道がダンジョンのどこかにあると言い伝えられていた。


本当にあるのか。あったとして、同じ世界なのか。途方もない道のりだ。過酷な旅路で、自分にはどれだけのことができるだろうか。


「ヘスティア様! お酒持ってきたっすよ〜」


 はっと我に帰ると、イルマが杯を差し出していた。受け取って礼を言うと、イルマが意味ありげな笑みを浮かべた。


「十一層の気配のことでも考えてたっすか?」


「イルマには何でもお見通しね」


 いつもの軽い口調で半分言い当てられ、苦笑する。きっと、全員振り返ってみれば何かしらの違和感に気づくだろう。一人で考えていても仕方ない。


「せいぜい警戒するしかないっすよ。今は歌って、踊りましょう!」


 はしゃぐイルマに手を引かれ、喧騒に混ざっていく。


「ヘスティア、お前の睡蓮の如く美しい声を聞かせてくれ」


 ミコトが気障な台詞でヘスティアに歌をねだった。アナンシャがそれにむっとした顔をしつつも、すぐに歌曲の前奏を奏で始めた。


歌うヘスティアの横で、イルマが跳ねるように踊る。


それから宴の声は月の光が霞むほど騒がしくなり、朝まで止むことがなかった。



 早朝、宿に帰り着きミコトと共に就寝準備を始める。今朝はヘスティアがミコトと寝所を共にする番だ。


といっても、寝る前に片付けておかなければいけないことがある。ダンジョンで見た魔物の生態やイルマがまとめた地図の整理が残っているのだ。


記憶が薄れないうちにやっておかなくてはならない。こんな時、いつもミコトは大人しく酒を飲んで待っている。


窓辺で杯を傾けていたミコトが、おもむろに話しだす。


「この国でアナンシャの故郷から三カ国離れたことになるな」


 書き物をしていた手を止め、背を向けたまま答えた。


「ええ。そろそろ新しい人が見つかるといいわね」


 いたって平静な声で言うと、背後に男の気配が近づいてきた。筆を握るヘスティアの手に骨張った長い指が重なる。耳元で掠れた声が囁いた。


「お前は……寂しくないのか?」


 小首を傾げて見上げると、ミコトの目には少しずつ熱が籠りはじめていた。つい、冷めた気持ちで眺めてしまう。


この男にとっては寂しさを滲ませる目も声も、全て余興でしかない。ヘスティアが何と答えたところで、明日にでも候補の女を見繕ってくるだろう。


それがわかっていたので、焦がれるように瞳を細めた男に何も言わず、ただ口付けをして応える。


燃え盛る太陽が、全てを焼き尽くすように照らす中、二人は深い眠りについた。


旅の終わりに、女たちが産む子らが安寧の国を創造する夢を見ながら。


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旅するハーレム〜異世界から来た夫の第一夫人だけど、ハーレム運営大変すぎます!〜 浦島 @haruhiro

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