アニマキンニク

杜侍音

アニマキンニク


 筋肉と対話せよ──


 筋トレやストレッチをする際、どの筋肉を痛めつけて引き伸ばしているのかを意識することで、効果をより高められると言われている。

 気の持ちようは侮れない。「病は気から」という言葉があるように、気持ち次第で体調が変化する。


『はやくわたしのこと痛めつけてほしいな〜。ねぇねぇご主人様〜はやく〜』


 ──だからこれは幻聴だ。

 今から起こるのも、二ヶ月前から始まったこの症状も、全ては妄想の類である。健康的な生活習慣と栄養価の高い食べ物を摂取していれば、いずれは通常に戻るはず……はずなんだ。

 しかし、治らない。むしろ悪化するばかり。

 なぜか自分は……筋肉と……対話できるようになった。


『腕立て伏せがいいな♡ ベンチプレスでもいいわよ。上下運動が堪らないのよ〜』


 今聞こえる艶やかな声は大胸筋だ。

 さっきから自身を虐めてほしいとドMなことを言って自分を誘ってくる。


『いんや‼︎ これから親方がやんのはスクワットだぁ! さらにさらにフロントランジ、からのレッグカールだぁ‼︎』


 今度は大腿二頭筋が話しかけてきた。

 熱苦しい男の声がする。ちなみに発声源は右脚の方から。きっと少し右側に重心がズレたトレーニングをしているから声がこちらから聞こえるのだろう。もっとバランスよく鍛えなければ……って、そんなことはどうでもいい。


『ふんっ、下半身が。鍛えるべきは胸よ! 男らしさを強調するには分厚い胸板が重要なのよ!』

『何を言うか‼︎ 漢ならば全てを支える足‼︎ 足こそがこの体を、いや地球を背負っておるのだ‼︎』

『──背負うならボクの仕事だよね』


 後ろからイケメンに声をかけられた気がした。

 気のせいだ。声の主は僧帽筋である。


『ボクを磨き上げても上半身に厚みが出てカッコよくなるし、女の子の代わりに重い荷物を持ってあげる、あるいはお姫様抱っこだってしてあげられるのに必要な筋肉さ。やぁ、マスター。パラレル懸垂、リバースチューブフライ、ベントオーバーリアレイズがオススメさ』

『ふん‼︎ 道具ばかり使用しているではないか。俺たちは体一つで鍛えられるというのに、なぁ大胸筋よ?』

『キャー! 僧帽筋様ー‼︎』

『何⁉︎ 貴様、こんな男に惚れておるのか‼︎』

『胸と背中は一心同体だからね。一緒にいる時間が長いのさ』

『──……ちょっと、僧帽筋……。あたしのことはどうだっていいの……?』


 次は上腕三頭筋だ。

 内気な、というより病んでる女の子の声がする。もちろん、右側に重心がズレているので右腕から声がする。


『あら〜♡ 疲れてるの? 筋肉痛〜? 僧帽筋とはわたしと一緒なのよ』

『……意味分かんない。あたしだって腕立て伏せやベンチプレスで鍛えられるというのに……』

『腕を閉じてじゃないと意味ないから、あなたは内気なのよね〜』

『……許せない、炎症させてやる‼︎』

『まぁまぁ、落ち着いて。ボクたちは誰のために磨いてるのか分かってるだろう?』

『あぁ、ごめんなさい、旦那様。旦那様の体を一番に思ってますから』

『その通り‼︎ 強靭な体を手に入れるため、次に俺を鍛えるのだろう⁉︎』

『わたしよ』『あたしだから』『いや、ボクだね』


『『『『さぁ、どこを鍛える⁉︎』』』』


 ──このように、どの筋肉も喋れなくなるほど疲労するまで鍛えてあげない限り、ずーっと話しかけてくるか筋肉同士で会話(あるいは喧嘩)している。

 だから自分は毎日全身を鍛えてあげることにした。本当は日毎に部位を分けて筋肉を休めるブランクを作ってあげるべきなのだけども。

 なぜか筋肉たちは「自分が自分が」と譲る気はない。自分を慕ってる割には休ませてくれない。

 筋肉のせいで不眠症になった自分は、疲れてぶっ倒れるまで自分を常に苛め続けるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アニマキンニク 杜侍音 @nekousagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

未完

★317 ホラー 完結済 1話