黄砂うつ ⌛

上月くるを

黄砂うつ ⌛




 つちふる黄砂こうさばいよなぐもり、霾風ばいふう霾天ばいてん黄沙こうさ。モンゴルや中国北部で強風に吹き上げられた砂塵が偏西風にのって飛来する現象……歳時記にそう説明されている。

 よかった、百年前から隣国に脅かされ続けているウクライナには飛ばないんだね。




      🦅




 春の一斉清掃で河川周辺を掃除しながら見上げると、寒いのに空が黄ばんでいる。

 黄砂が来たとニュースで言っていたよ、隣にしゃがんでいた女性が教えてくれた。


 もうそんな季節なんだね、ことさらな花粉に黄砂、気管支系はたまらないよね~。

 嘆き合う気持ちの底に澱んでいるのは、一部の頑迷な人たちによる揺り返し現象。


 せっかくのコロナをチャンスに旧弊を変革できると思っていたのに心底がっかり。

 未来は若い世代のもの、いまさら高齢層がイニシアティブを取らなくていいのに。


 紀元前後のようにコロナ前後を定義づけたかった改革派は無念の目を見合わせる。

 かといって居住地で気まずい関係になりたくないので、それ以上の主張はしない。




      🚗




 黄ばんだ気持ちでファミレスに行くと、ときどき見かける初老のカップルがいた。

 すでに生ビールを二杯ずつお代わりしているが、帰路どっちが運転するんだろう。


 グレーの野球帽&作業服の男性がしきりに気をつかって料理を追加オーダーする。

 腰までの黒髪と歯の抜けた口許のギャップが著しい女性が威勢よくまくしたてる。


「ばっかじゃないの?! そんなこと言うなんて。そういう阿呆の気が知れんわ~」

 細身のジーンズの脚を組んだ女性の酔いはさらにまわって、弁舌はいよいよ盛ん。


 


      🍺




 やだ、わたしったらなにを観察しているの?! いやなら見なきゃいいのに……。

 視線を手もとに移すが、文庫の内容が少しも頭に入って来ない。ツマラナイ小説。


 奥付の十刷にしてやられたけど、ほんとなの? だいたい何部ずつの増刷なのよ?

 古書店で買ったばかりの本に、というより簡単に騙された自分に腹が立っている。


 そう言えば莫大な宣伝費で前評判を煽っておきながら、いざ蓋を開けてみれば稚拙極まりない最近の映画、あれはどういう珍現象? 映画人の誇りはどこへ行ったの?


 ひとたび負の連鎖に取りこまれるとなかなか厄介で、トウコさん、あんたのテーマはポジティブシンキングじゃなかったっけ? セルフツッコミを入れてやる。(笑)


 


      🐫




 一時間足らずの滞在なのに、駐車場のフロントガラスには黄色い砂が積っていた。

 むかし、歴史研究会の事務局として訪ねた中国・敦煌の黄濁した空がよみがえる。


 荷馬車の行く先も見えないほどの砂塵の暮らしは、うつを発症させないだろうか。

 日本の豪雪地帯で聞く雪国うつのように……人が生きるって簡単じゃないよね~。




      🌺




 帰宅して日当たりのいい庭を覗くと、黒白二匹のwelcome犬にもうっすらと黄砂。

 それでも、にこやかな「いらっしゃい!!」の笑顔を絶やさない健気な置き物たち。


 その二匹をねぎらうかのように、四本の沈丁花のつぼみが薄紅色に膨らんでいる。

 薔薇の葉や枝も深紅色の艶めきを増して来ているし、陽光はたしかに春のものだ。




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