風邪を引いた私の部屋で、彼女に看病される。

 今の季節は十二月の上旬。


 毎年の話だが、十一月の終わり際までは「意外と今年は寒くないな」なんて思ってしまうのだが、季節というのはまったく気遣いに欠けているもので、平然と、さらに突然に気温を平均10℃ほど下げてくる。


 さて、実は私は他人と比べて体が弱い。筋力がないとかそう言うわけではなく、…いや筋力もないのだが。まあ菌に弱いわけだ。


 つまり何が言いたいかというと、風邪を引いた。


 朝目が覚めると時刻は十時過ぎで、完全に寝過ごしたと急いで支度をしているとやけに身体が重いことに気づき、体温を測ってみると39.4度。


 自分の状況に気づいた途端症状は一気に悪化し、鼻水に咳も止まらないし喉は痛いし頭は痛いしで気分は最悪。すぐにベッドに帰ってた。


 しかもなぜか何の対策もしていなかった私の家では水を飲むくらいしか気を紛らわせる方法がない。


 詰んだ…?

 

 まだだ、私の実家はめちゃくちゃ遠いわけではない。

 妹とかに頼んで色々と買ってきてもらえば…いや今日めっちゃ平日だった。高校生かつ運動部の妹を待つとなると、やってくるのは八時は過ぎる。


 ふむ…詰んだか。


 と、そんな時。


 ブーッ!


「うわびっくりした!ごほっ」


 枕元に置いていたスマホが突然振動する。


『講義疲れた!!日和ちゃん今日一緒に帰るよねー?』


 珍しく午前から大学に行っているらしい先輩からの連絡だ。


 はっ、私にはまだ先輩が残っていたではないか!


『先輩、私風邪引いちゃって今日休んでます。大学終わってからで大丈夫なので色々と買ってきてもらってもいいですか』


『え!大丈夫??色々って、具体的に何買ってこればいいかな』


『きついですけどなんとか。本当に何一つないので、レトルト食品と、風邪薬と、あとはスポドリとか買ってきてくれると嬉しいです』


『了解!すぐ行くね!』


 えっ?


『いや大学終わってからで大丈夫ですよ!』


 あー…既読がつかなくなった…

 

 迷惑をかけてしまって申し訳ないと思う自分と、ちょっとだけ喜んでしまっている自分がいる。


 『ありがとうございます先輩。鍵は開けておくので、着いたら勝手に入ってください』


 まあ、とりあえず寝て待っているとしよう。







 [side 柊凛月]



「日和ちゃーん?」


「ん…」


 私が部屋に入った時は一二時を過ぎていて、日和ちゃんは眠っていたのでおかゆを作ってから起こした。


「あ、起きた。おかゆ作ったけど、食べられる?」


「…たべさせて」


 普段の口調よりも幼い口調に変わっている。呂律も回っていないことからだいぶ弱っているのだろう。


「わかった、食べさせてあげるね」


「やったー…ふふ」


 くっ、こんな時に良くないのはわかってるけど、日和ちゃんが可愛い。


 私はスプーンでおかゆを一口掬う。


「ふーっ、ふーっ」


 しっかりと冷ましてから日和ちゃんの口にスプーンを近づける。


「日和ちゃん、あーん」


「あーんっ」


 日和ちゃんは眠そうな目をしながらもおかゆを口に入れる。わざわざ「あーん」と復唱して食べるのがとても愛らしい。


「熱くない?」


「ちょーどいい。おいしい」


 心なしか少し口角が上がっていて、ちゃんとしたものを作れたことを実感し安心する。味見はしたが不安なものは不安だった。


「良かった…よし。ふーっ、ふーっ。はい、あーん」

 

「あむっ」


 なんというか、ハムスター系の動物に餌をやっているような気持ちになってくる。




 私は思わず抱きしめそうになる衝動をなんとか抑え込みながらも食べさせ続けた。



「うん、全部食べられたね」


「えへへ、えらい?」


「っ…!偉いよー日和ちゃん。えらいえらい」


 …どうしよう、今すぐこの子を持って帰りたい。

 

 いつもどこか言葉に淡白なところがある日和ちゃんが、あんなに純粋な笑い方をしながら子供のようなことを聞いてくることの可愛さたるや、非常に饒舌し難い。


 撫でくりまわして永遠に甘やかしたいところだが、とりあえず食器洗ってこようと腰を上げる。


「せんぱい、どこいくの?」


「ちょっと食器洗ってくるね。すぐ戻ってくるから待ってて」


「むー…」


 日和ちゃんは食事中のリスのように頬を膨らませながら、ジトーっとした目でこちらを見ている。可愛い。


「ごめんね。何か気に障った?」


 この状態のまま食器を片付けに行くのも気が引けるので、質問してみる。


「わたしからはなれないで…」


 日和ちゃんは顔を俯かせて私の服の袖を握ってきた。


 きっと今の私の口角は天井に届くほど上がっていることだろう。


「あうっ…せんぱい?」


 気付けば、私は日和ちゃんを抱きしめていた。


「はっ、ごめん日和ちゃん」


 日和ちゃんから離れようと手を離そうとした時、日和ちゃんの暖かい手が私の背中に回ってくる。


「せんぱい、きもちー…ふふー」


 …私の口の形が元に戻らなくなれば日和ちゃんは責任を取ってくれるのだろうか。


「あたま、なでて?」


「はい!」


 思わず敬語で返事をしてしまいつつ、日和ちゃんの頭に手を置く。


 手櫛で髪をすくように撫でてみたり、あやすようにポンポンとしてみたり、抱きしめながらいろんな撫で方をする。


「おおー…えへへ。もっとなでて」


 あー…これ私風邪移っちゃうかもなあ。と一瞬危機感を持ったが、正直風邪を引いてもいいからこの状態の日和ちゃんを堪能したい。誰もこの選択を間違いだとは言わないだろう。


 結局食器を片付けたのは二時過ぎだった。

 



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肌寒い先輩の部屋で、私は恋を知る。 芳田紡 @tsumugu0209

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