第2話

 葵が女の子であることは、周りが騒ぎ立てるよりずっと前から知っていた。同時に女子が好きであることも。小学校に上がる前からの幼馴染なんだ。それくらい感づいたって当然だろ。

 生徒のジェンダーによる配慮から、学校の制服が私服とならんだ選択肢の一つになったその日、葵はスカートを履いてきた。去年卒業した姉ちゃんの制服をうちが葵の家に貸したことは聞いていたから、履いてきたときはまあそうだよなって思った。

 スカートを履いてきた葵の話をすると、母は「葵ちゃんのそばにいてあげてね」と俺に言った。クラスが違うからできることなんて限られているし、なにより俺は中学から葵に避けられていたから、そばにいるなんて大体はかなわないことだとわかってたけれど。それでも、俺は期待していた。また元の、仲が良かったころの俺たちに戻れるんじゃないかって。

 けれど、学校の配慮や、なにより意志の強い葵自身の努力によって、母が心配するような状態にはならなかった。それぞれが好きな格好をするようになった高二の一学期が終わるころ、葵は、「二年C組の葵ちゃん」としての立ち位置を確立していた。

 その頃にもなると、いやにも目に付いた。葵の視線が注がれている先、笑いかける先、自分のことのように心配したり、怒ったりする先が誰であるか。

 疑惑が確信に変わったのは、二年の体育祭で、明村穂波あきむらほなみが出る学年リレーだった。明村にバトンが引き継がれたとき、葵は旗を振る程度の生徒たちの中、一人応援席で立ち上がって必死の声で明村を応援した。俺は度肝を抜かれた。葵本人は気にして、人前で大声をだすことなんてなかったから。

 葵が明村に向けるものは、小学校の時の友愛然とした親しみではなかった。中学時代の葵の同性に対する憧れとも違った。いつもどこか一歩引いたような、葵特有の諦めもそこにはなかった。それは、ようやく自分らしい立ち振る舞いをすることがかなった葵の、初めての恋なんだといやでも理解させられた。俺の長い片思いが失恋したことも。

 それからだ。俺はそれまでつくる気のなかった彼女をつくっては替える中で、明村穂波との距離を縮めることにした。時折葵の牽制が入ると、いやでも葵への気持ちが自覚させられて、俺は躍起になった。

 思っていたよりもすぐに、俺は明村と付き合った。他の彼女になった女子たちと同じように、俺は葵と付き合えたらそうしていただろうことを明村にして、その気になるはずもなく一線を越えずに別れた。


 明村と別れてしばらくの昼休み、彼女を見つめる視界の隅に、あっかんべーをする葵の姿が映った。含み笑いをこらえて、俺は彼女に他愛のない話をする。


 葵の隣にいるのが叶わないことはもうわかった。だから、どんなかたちでもいい。例え最愛の人の元彼としてでも、葵が俺をずっと見てくれるなら。

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沼らせ男と泉の女神 北野椿 @kitanotsubaki

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