マッスルクラブ

どこかのサトウ

マッスルクラブ

「聞いたんだけどさ、お前の小学校に変なクラブあるじゃん?」

「マッスルクラブのことか?」

「それそれ。なんだよ、そのマッスルクラブって」

 入学して早々、隣の席の奴から「お前、どこ小?」と話しかけられ、マッスルクラブって何?って感じで話が続く。

「みんな同じ質問するよな。マッスルクラブは何というか、マッスルクラブだよ」

「いやいや、意味わかんねーし。筋トレ部みたいなもん?」

 マッスルクラブを簡単に説明するなら——

「アスレチック競争の最後に、相撲がある感じ」

 相手より早く駆け抜け、土俵入りして息を整えておくのがポイントだ。

「最後は相手をプールに突き落とせば勝ち。ぶっちゃけ、しんどいだけだぞ」

「なんかめちゃくちゃ面白そうだな!」

「まぁ、楽しかったな」

 そう、楽しかった。さすがに中学生になるとやることが増えたし、何より場所もないのでやらなくなった。


 中学一年生の夏、小学校で同じクラブだった奴らと夏祭りに行くことになった。

 夕刻、せっかくだから小学校へ行こうと遊びに行った。日曜日のためクラブは休みで、誰もいないようだった。

「折角だし、マッスルバトルしていこうぜ!」

 案の定、そんな話になった。

 その噂を聞きつけて、他の小学校の連中がやってきた。

 その中には、気になる下條さんもいた。

 髪が少し長くて、大人しめの可愛い女の子だ。

 女子たちが叫ぶ。

「ぬーげっ、ぬーげ!」

 マッスルバトルに参加する予定の男子は嬉々としてシャツを脱ぎ捨て、恥ずかしげもなく上半身を晒す。

 だが俺は不参加だ。理由はこの後、お祭りがあるから。ラストはプールの上に浮かばせた土俵で相撲を取るのだ。びしょびしょのままお祭りには行きたくない。

「真田、あんたも参加。脱ぎなさい!」

「おい、やめろ!」

 女子たちに囲まれ無理やり脱がされ、上半身裸の連中の中に放り込まれた。

「勝負だ、男子!」

 そう言って私服姿の女子たちが、スタート位置につく。

「よっしゃー!」

 そう言って、アスレチックを走っていく。

 最初にスタートした組がプールへとやってきた。

 不安定な足場で相撲をとって、男子が遠慮なく女子を水に投げ落とした。

「勝ったぞー!」

 男子からは喝采が、女子たちからはブーイングが鳴り響く。

 中学生になると、体や心に色々な変化がある。第二次成長期というやつだ。やはり力では女子は男子に勝てない。

「真田はいかないのか?」

「俺は最後。理由は参加する女子がいなくなると思うから。晴れて俺はお役御免さ」

「それはそれで、ちょっと恥ずかしくない?」

「濡れたまま夏祭りには行きたくないんだよな……」

「それじゃ、行ってくるわ。俺に勝てる奴はいるかー!」

「ここにいるぞー!」

 そう言って、二人は走っていく。

「一応、俺が最後なんだけど、誰かいる?」

「真田君、お願いします」

 手を上げたのは、まさかの下條さんだった。


 すでに勝負はついていた。だが女子は叫ぶ。

「真田、わかってるよなー!?」

「おいおい、脅しには屈しないぞ」

 俺は下條さんに向かって、挑発することにした。

「俺、こう見えても、マッスルクラブの上位にいたから。下條さんだと絶対勝てないと思うよ?」

「最後までわかりません!」

 顔女は顔を赤くし、頬をふらませて抗議してくる。怒っているようだ。可愛い。

「よーい、スタート!」

 女子たちが下條さんに声援を送る。

 案の定、彼女は初めてのアスレチックに苦戦していた。

 先に進んでいた俺は、アスレチックコースを戻って彼女に手を貸すことにした。

「結構、大変だろ?」

「う、うん。ごめんね——」

 彼女は何度もバランスを崩す。その度に俺は彼女を支える。

「そのっ、裸でごめん」

「そ、そんなことない、凄く素敵な筋肉だと思う!」

「お、おう。ありがとう」

 運動部の連中と比べると、全然大したことないので恥ずかしくなってくる。

 下條さんと一緒にアスレチックコースを進み、ついに最後のプールの前へとやってきた。

 浮かぶ土俵に一足先に飛び移り、彼女をエスコートする。

「さて、覚悟はいいかな、下條さん」

「はい、私も、覚悟が決まりました。真田君——」

 下條さんはゆっくり近づいてくると、俺の手を取る。

「今、お付き合いされている方はいますか?」

「——えぅ?」

 下條さんの顔が赤いのはその質問の恥ずかしさからなのか、それとも夕焼けのせいでなのか判断できなかった。

「え、いや、その、いない……けど」

「真田君、あの! 私——真田君のことが!」

 ずんずん迫る、下條さん。

「ちょ、ちょっと待っ——」


 俺はプールに落ちた。下條さんは俺を見て笑っていた。

 彼女が手を伸ばしてくれたので、手に取った。土俵の上にもう少しで登れるところまで、 上体を起こしたときだった。

「真田君、好きです」

「俺も下條さんのこと、気になってた」

「——本当に!?」

 彼女は俺に向かって飛び込んできた。嬉しさのあまりというやつだろうか。

 再び俺はプールに落ちた。ただ今回は好きな人が、下條さんがくっついている。

 息が続く限り、二人抱き合って顔を上げた。

「不束者ですが、よろしくお願いします!」

 そして恥ずかしくなったのか、目をそらして俺の胸を触っていた。どうやら胸の筋肉が気になるようだ。

「こちらこそ、お願いします」

 さすがに俺が触ると怒られるだろうな。なんて邪なことを考えていると、彼女はにっこりと笑い、こう言った。

 もう少し、お互いを知って仲良くなってからと。

 だが俺は人のを触っておいてっと抗議した。一理あると、彼女は少しだけ触らせてくれた。

 やはり筋肉は正義だと思った。


 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マッスルクラブ どこかのサトウ @sahiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ