好きな相手から必ず告白される恋のおまじないなんて私は絶対に信じたくない!!【KAC20235】
kazuchi
ねえ、恋のおまじないって知ってる?
『――ねえ
私、
昼食後の教室、仲良しの女の子と交わす他愛のない会話。私は占いやおまじないの
『……花音ちゃん、その手首の黒いサポーターって学校指定の三島屋洋品店の物だよね。今はもうお店で取り扱っていないそれが、もしかして超強力な恋のおまじないなの!?』
『当たりだよ!! 今日の華鈴てば勘が鋭いね。このサポーター、手に入れるのには苦労したんだから……。そして珍しくこのネタに食いついてきたね!! 普段は恋愛がらみの話題にはぜんぜん乗ってこないのに。恋をすると女の子は変わるね!!』
『なにそれ、誰が恋する女の子なの!? 花音ちゃん!!』
『……華鈴と花音で、私たち、通称かのかりシスターズでしょ。大親友の
『その呼び方をお気に入りなのは花音ちゃんだけだし、それに華鈴の名前が後ろなのがちょっとひっかかるかも……』
いまの私が本当に聞きたいのはかのかりなんかじゃない……。 超強力な恋のおまじないについて詳しく知りたいんだ。
『それはかりかのだと微妙に語感が悪いでしょ、細かいことは気にしないの。まあいいや、特別に華鈴にはおまじないのやり方を教えてあげるからちょっと耳を貸して。こうやって手首に巻いた黒いサポーターの下に告白して欲しい相手の名前、その
彼女は右手首に巻かれたサポーターを反対側の手で愛おしそうに撫でた。その幸せそうな表情こそまさに恋する女の子そのものだった……。
『花音ちゃんはそのサポーターの下に誰の名前を書いたの、もしかして同じクラスの男の子?』
……妙な胸騒ぎがした。今は手に入らない学校指定の洋品店でしか取り扱っていない黒いサポーター、運動部系の部活動で以前はよく使用されていた物だ。恋のおまじないのアイテムを同じクラスの男女がお揃いで手首に巻いているなんて!! そんな偶然の一致なんて普通はありえないだろう。でも親友の花音ちゃんがそんな匂わせ行為を私にしてくるとは信じがたい。いくつもの感情で頭の中が疑問符で埋め尽くされそうになる。
『でも注意して!! このおまじないは手首に書いた名前を意中の相手から告白されるまでの三日間、絶対に他人に見られたら駄目なんだよ。もし守れなかったら効き目を失っちゃうから……』
『そのおまじないを掛けるのは、別に男女どちらでも構わないの!?』
彼女の言葉を遮るように焦って質問を浴びせる。それほど私は動揺していたんだ。
『もちろんだよ、我が中学に代々伝わる知る人ぞ知る恋のおまじないで、その第一号の考案者は卒業生の男の子だって聞いてるし……』
……思わず彼女の言葉に、ごくりと
『知る人ぞ知る恋のおまじないって……!?』
私の視線は目の前の彼女にではなく、肩越しの向う側にいるあの人の学生服の袖口に釘付けになってしまった。
机に突っ伏したまま居眠りをしている幼馴染の
*******
『……なんだよ華鈴、僕は何かお前を怒らせるような真似をしたか? さっきから黙り込んだままでずっと怖い顔してさ』
『別に何もないから……』
彼の左手首に巻かれた黒いサポーターが気になって、恒例になった放課後の居残り勉強にも身が入らない。最近は悠里もやる気になって自主的に勉強を教えて欲しいとせっかく言ってくれたのに……。それなのに私がこんな仏頂面をしていたら何もかもぶち壊しだ。
『何ともないって顔じゃないぞ、自分の顔を鏡で見てみろよ。への字口に眉間のしわ。無言の
中学への進学と共に封じ込めていたていた最大級に嫌な私が顔を出す。あふれる嫉妬の気持ちを抑えきれない……。
『どうせ華鈴はあの子みたいに可愛い顔の女の子じゃないよ……!!』
大好きな彼に絶対投げかけてはいけない言葉が口をついた。通院している思春期外来で担当医から掛けられた気休めじみた言葉が自分の脳裏に浮かんでは消える……。
【四宮さんは匂いだけでなく、他人の言動から過剰に刺激を受けやすい繊細さを持っています。だけどその性質は病気ではありませんので安心して下さい……】
こんな面倒くさい性質が病気じゃないなんてお医者さんの言葉でも信じられないよ……!!
『……華鈴、あの子っていったい誰のことだよ!?』
悠里の口調にも次第に怒気が含まれてくるのが分かる。疑心暗鬼になった私は言わなくてもいい言葉をさらに口にしてしまった。
『その左手首に巻いた黒いサポーターは、悠里の大好きな誰かさんとお揃いなんでしょ!! 今後はその女の子から勉強だって教えてもらえばいいじゃない……』
これ以上喋ったら絶対に駄目なのに、なんて嫌味な言いまわしだろう、本当に今の自分は可愛くない……。
悠里も私のことが好きだと勝手に勘違いして浮かれていた。そんな道化者の愚かな自分に対する怒りの感情を、そっくりそのまま彼にぶつけてしまった。なんて最低な行為をしているのか……。
『僕がサポーターをしているのを華鈴はなんで知っているんだ。その
やっぱり……。 そうなんだ!! このまま悠里と一緒にいてはいけない、もっとひどい言葉を彼に浴びせかけてしまう前に一刻も早くこの場を立ちさらなきゃ駄目……。
『悠里、さよなら!!』
『待てよ華鈴、まだ最後まで話は終わっていないぞ、どこに行くつもりだ!!』
『家に帰るの!!』
『華鈴、お前泣いてるのかよ!?』
『……泣いてなんかいないし』
悠里、これ以上優しくしないで。自分が惨めになるだけだから……!!
『私に触らないで。お願いだから……』
私は後ろを振り返らず脱兎のごとく教室を飛び出した、そのまま渡り廊下を全力疾走する。彼の気質ならすぐに後を追いかけてくると思ったからだ。校内に残っている人が少ない放課後で良かった。泣きながら廊下を走る私の姿を誰かに見咎められなくて済むから……。
『華鈴、 このサポーターの本当の意味を伝えたいんだ。僕はあの場所で君をずっと待ってるから今夜必ず来てくれ!!』
渡り廊下に響く彼の声がいつまでも耳を離れなかった。でもサポーターに他の意味なんてあるわけないよ。もう二人の関係はこれで完全におしまいだから……。
*******
『おかえり華鈴、今日は帰ってくるのが早いな?』
家に帰った私を出迎えてくれたのは意外な相手だった。
『お父さん!? そっちこそ仕事はどうしたの、こんな早い時間に家にいるなんて珍しいんだけど。もしかして会社でなんか問題でもあったの……』
『……ははっ!! なにかあったのは華鈴、お前のほうだろ。この世の終わりみたいな
『もうっ!! お父さんまで
『おっと、また華鈴に余計なことを言ったみたいだな、まあおせっかいついでにもう一つ付け加えると、お隣さんのガレージの今晩の予約状況だけお前に伝えておくよ。お父さんのロートルバンドの練習は急遽取りやめになったんだ……』
『……お隣さんのガレージの予約状況って、悠里の家にあるギターの練習小屋のこと!?』
『ああ、久しぶりに若きギターヒーローがやる気になったみたいでな、年寄りは追い出されてしまったよ。
『……でも私はどんな顔して悠里に会ったらいいか分からないよ』
『華鈴、悠里君がどうして急に
悠里がギターを初めた理由!? そう言えば私は彼にその意味を聞いたことがなかった。家にお下がりのギターがあったからたまたま弾く、そんなことは絶対にありえない。だって私の家にも昔からリビングや父親の書斎にはギターが何本も置かれていた。大きな音の出る四角い箱、アンプも鎮座していて母親が良く掃除の邪魔だって文句を言っていたことを思い出した。悠里はどうしてギターを手にしたのか?
……その意味を直接彼に聞いてみたい。本当のお別れはそれからでもいい。
『……お父さん!! 私、ちょっと出かけてくる』
『ああ、悠里君によろしくな、そうだ華鈴、これを彼に渡してくれ……』
父親から小さな紙袋を渡された、中身は軽い物が入っているようだ。
『お父さん、これは何なの?』
『ちょっとしたおまじないさ、今の彼には効き目がありそうだから』
今の悠里に効くおまじないって!? まさかね、でもお父さんが例の話を知っているわけないか……。
制服のまま着替えずに彼のもとに向かった
『……灯りがついてる!? 悠里、待っていてくれたんだ』
急いでガレージに入ろうとしたが手前で足を止めた。
『……悠里!?』
入り口の分厚いドアが少し開いていた、机に向かい何か作業をしているようだ、真剣そうな横顔が見えた。利き手ではない右手を動かしている。いったい何を書いているんだろう?
『……華鈴、来てたのか、気がつかなくて悪い』
気配に気がついたのか悠里が私の顔を見ていつもの優しい笑顔に戻った。
『悠里、いったい何を書いていたの?』
『ああ、これか。あとで
少し慌てた素振りで例のサポーターの位置を直している。その姿を見て私の決意に揺らぎが走る。だけどこの場所から逃げちゃ駄目。先程の放課後の教室と同じになってしまうから……。
『まず最初に謝らせてくれ、華鈴を泣かせてしまったことを。本当に悪かった。そして僕がこのサポーターを巻いている理由を説明させて欲しい……』
悠里が椅子から立ち上がり深々とこちらに向かって頭を下げた。その後の彼の行動に私は本当に驚かされた。
『悠里っ!? そのサポーターを外しちゃ駄目!!』
彼は左手首に巻いた黒いサポーターを一気に剥ぎ取った。
『……駄目だよ。他人に見せたらおまじないの効力がなくなっちゃうから!!』
やっぱりこの場所に来るんじゃなかった。一瞬期待した自分にまた腹が立った。
打ちのめされた私の目に映ったのは、彼の左手首に書かれたKとSの二文字。
『……KとS、園崎花音ちゃんのイニシャルだよね、やっぱり悠里は彼女のことが好きなんだ。だけど三日以内に他人に見せたら恋のおまじないが成立しなくなっちゃうよ』
悠里は真実を告げるためにこの場所に私を呼んだに違いない。そんなとこまで誠実でなくてもぜんぜん構わないのに。彼らしさにまた胸が傷んだ……。
『何いってんだよ、華鈴。お前はもう他人じゃないだろ……。僕の大事な幼馴染なんだから。それに大きな勘違いをしているぞ。自分の名前を忘れたのか、そんなとこまで小学生時代のおっちょこちょいキャラに戻らなくてもいいから』
『えっ!? 私の名前って……』
『
『えええっ!? で、でもそのサポーターの意味は恋のおまじないで合ってんじゃない!! 違うって言った。悠里の嘘つき……』
あまりの動揺に自分でも何を言っているのか分からなくなる。
『……恋のおまじないは後付けさ、ある人からさっき教えてもらってサポーターの下に書き加えたんだ。だから華鈴は余計な心配すんな』
『じゃあ何でおまじないの黒いサポーターをしているの? 今は入手困難なのに……』
『……ああ、これか、ギターの弾きすぎで手首がひどい筋肉痛になってさ。親父から
こ、恋のおまじないじゃないのぉ……!! じゃあなんで悠里は私のイニシャルを手首に書き加えたのか?
『……華鈴、その手に持っている紙袋って、楽器店の包みじゃないのか?』
『えっ、この紙袋、これは悠里に渡してってウチのお父さんが……』
父親から託された小さな紙袋を開けると中から出てきたのは……。
『何々、説明書によるとギターを弾くときの指先を鍛えるトレーニング器具みたいだ、これを使えば手首に負担が掛からなくて痛くならないんだって!! 凄いな、まさに今の僕が欲しかった物だよ』
無邪気に喜ぶ彼の姿を見て何だか私まで嬉しくなった。あの質問を聞くなら今だろう!!
『ねえ、悠里、何であなたは急にギターを弾こうと思ったの? そして恋のおまじないに華鈴のイニシャルを書いた
『……これ以上僕に言わせんな。めちゃくちゃ恥ずかしいから』
先程と同じ言葉を繰り返してから彼は傍らのギターを手に取った。私の大好きなお日様のようなあのはにかんだ笑顔を見せながら……。
久しぶりの演奏は一音目から調子外れだったけど、今の私にとっては最高の恋の
恋のおまじないで三日以内に告白されて両想いになんかなれなくてもいい。
私はあなたのたった一人の
本当の告白はもっと先でも構わないよ、いつまでも待ってる……。
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最後までお読み頂き誠にありがとうございました。
※この短編は下記連作の五作品目になっております。
それぞれ単話でもお読み頂けますが、あわせて読むと更に楽しめる内容です。
こちらもぜひご一読ください!!
①【あなたの顔が嫌い、放課後の教室で君がくれた言葉】
https://kakuyomu.jp/works/16817330653919812881
②【私の大好きだった今は大嫌いなあの人の匂い……】
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③【私の嫌いを見逃してくれたあの日から、つないでいたい手はあなただけ……】
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④【真夜中は短し恋せよ中二女子。あなたのやりかたで抱きしめてほしい……】
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⑤本作品
⑥【ななつ数えてから初恋を終わらせよう。あの夏の日、君がくれた返事を僕は忘れない……】
https://kakuyomu.jp/works/16817330654436169221
⑦最終話【私の思い描く未来予想図には、あなたがいなくていいわけがない!!】
好きな相手から必ず告白される恋のおまじないなんて私は絶対に信じたくない!!【KAC20235】 kazuchi @kazuchi
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