肉と竜
秋待諷月
肉と竜
この国は、竜の上に建っている。
はるか昔より、海の中に長い体を横たえて眠る、古の巨大な竜さ。
今、お前がそうして立って、大地と信じているものは、すべてが竜の体であり、竜の肉なんだよ。
疑うのならば、地面に耳を当ててみるといい。
ほら、聞こえるだろう? 穏やかで、けれど力強い脈動が。
十二年前のあの日のことを、お前は何も覚えちゃいないだろうね。何せ、まだ母さんの腹の中にいたのだから。
あの日の竜は、よほど寝ぼけていたのか、さもなくば、よほど酷い悪夢でも見たのか……ひょっとして、僅かな間でも、その目を覚ましてしまったのかもしれない。
それだけのことさ。
竜がほんの少し、その体を震わせた。
たったそれだけのことで、いろんなものがいっぺんに、滅茶苦茶になってしまった。
竜が暴れれば、身を横たえている海も荒れる。
いや――あの日はむしろ、暴れる竜を鎮めようと、大波となって押し寄せて来たようにも思えた。
そうして、竜が少しばかり落ち着きを取り戻したころ、海は何事も無かったかのように、元の場所へと帰っていった。
手土産だとばかりに、竜の上に確かに在った人の営みを、ごっそりと奪い去ってね。
竜は生きている。
今は静かに眠っているけれど、いつ寝返りと打つとも、身じろぎをするとも分からない。
もちろん、いつなんどき眠りから覚めて、動き出してもおかしくはない。
竜が凝り固まった手足を伸ばし、筋肉をほぐそうとするのを、どうして人が諫められるだろう?
だから、いいかい。決して忘れてはならないよ。
いつ訪れるとも知れない、竜の目覚めに対する覚悟と備えを。
この地が竜の肉であることを。
竜とともに生きることを、人は選んだのだから。
Fin.
*
東日本大震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、ご遺族、被災された方々に、心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。
2023.3.11 秋待諷月
肉と竜 秋待諷月 @akimachi_f
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