筋肉の使い道

Tempp @ぷかぷか

第1話

 眼の前でカギロが鬱陶しく筋トレをしている。

 その体躯は2メートル近くあり、いわゆるガチムチの筋肉だるまというやつだが、ボディービルダーなんかの不自然につけた肉とは異なり、実用のための肉だ。

 俺は神津こうづ湾を根城にする青山総会せいざんそうかいの8隊を任されているが、先日取引の際に失態があったものだから、交渉事を司る3隊の宮本みやもとアルタに大きな借りが出来てしまった。総会としては今回は不幸な事故という扱いになり特に咎めもないのだが、アルタは交渉を専門とするゆえ何を言われるかと戦々恐々としていたところ、カギロを1日貸し出せという。

 アルタの専門は交渉で、傍らにカギロのような戦闘員を置くことは基本的にはない。武力を頼るものはそもそも交渉とはいわない。だから余計、カギロを貸すのは不安なのだ。


「さっきからじろじろ何すか。気が散るんですよ」

「ここで筋トレするからだろ」

きりちゃんのボディーガード兼ねてるんだから仕方ないでしょ」

 みんなカギロを外人だと思ってるが、こいつは生粋の日本人で、鍵路かぎみちという珍しい名字の幼なじみだ。

「アルタがお前を貸せってよ」

「え、あの姉さんですか。苦手なんすよね」

「あのババァが得意なやつもいないだろ」

「そんなこと言うもんじゃないすよ、桐ちゃん。じゃあ行ってきます」

 そうと聞いてもカギロはいつもと変わらない様子だ。頭を使わない仕事は気楽でいい。そしてその評価もシンプルでいい。強さこそが全てなら、2隊を除けばカギロは組織の中でも上の方だ。

 さっきから出ている隊というのは、青山総会の組織の話だ。青山総会はその扱う種によって隊をわけている。俺の8隊は主に生物利権で、種苗や稚魚といったものを扱っている。官憲の目は厳しいが、やってることに限れば、他の隊に比べても格別に穏当な隊である。

「お前さ、ひょっとして2隊とかに入りたい?」

「なんでですか。俺は怪我するのは嫌ですよ」

 2隊は荒事専門だ。カギロはそこにいっても十分に役立つだろう。むしろこんな暇な部署にいるのは宝の持ち腐れで、そんなふうに見られているのも知っている。

 この間の問題で、うちにだって戦闘職が必要なことはおそらく知られただろうから多少はマシになる気はするが、それにしたって移籍の話もよくくるだろうに、うちにいてくれるのは正直ありがたい。戦力という以上にカギロはいざというときの判断力に優れている。俺はと言えば咄嗟のことに弱いのだ。


「アルタのボディーガードって大変?」

「はい?」

「何回か行ってるだろ」

「ああ。別にボディガードしてるわけじゃないすよ」

 ボディーガードじゃない?

「うん? じゃあアレか。脅しか」

「交渉事で脅しちゃ始まらないでしょ」

「じゃあ何でお前なの。お前が突っ立っててもビビらせる以外何の役に立つ」

「桐ちゃん酷い。まあ、筋肉ですよ」

「筋肉ぅ?」

 筋肉? ひょっとして、そういうアレなのか? 肉体的な交渉という奴。

 全くの予想外の返答に、ぎょっとする。

「見に来ますか?」

「俺が?」

「姉さんのフロントの仕事ですから別にいいでしょう」

 フロントというのは違法な仕事の隠れ蓑のために作るペーパー企業だ。俺も養殖業やら果樹農家のフロント企業をいくつかもっている。

「せっかくだから果物でもいくつか、持ってきてください」


 それで恐る恐るついていけば、予想外の光景が広がっていた。

 カギロは実に戦っていた。何度投げ飛ばしてもやってくる不屈の闘志を持った戦士たちと。

「やっつけろー!」

「わぁー」

 カギロはなんだか妙な、悪役レスラーみたいな格好をしている。そしておそらくアルタの隊の爽やかイケメンが子どもに突撃を指示している。アルタの隊はやたら美男美女ばかりだ。そこも俺が気に食わないところだ。

「おや、あんたも来たのかい、桐山」

「なんでまた」

「うちはお前んとこと違ってフロントに使える職種が多ければ多いほどいいからな。孤児院ってのはなかなか使えるのさ」

「なんでカギロなんだよ」

「そりゃぁ」

 アルタはその整った年齢のわからない顔をクククと歪めて笑った。

「うちにはあんな悪役ヅラした奴はいないからさ。仕事に差し障る」

 そう思って改めてカギロを見れば、確かに戦隊モノの悪役にベストマッチングする容姿と筋肉だなと思う。けれども同時にちょっとホッとしたのは確かだ。


Fin

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