たんぱく星の筋肉マン

斑鳩陽菜

たんぱく星の筋肉マン

『本日のラッキーな星座は……』

 時計の針が午前八時を指す少し前、俺は寝ぼけ眼で冷蔵庫を開ける。因みに俺の星座は乙女座だ。

 朝番組ラスト定番の星占いは気にしたことはないが、やはり自分の星座が最悪だったりするとそれなりに気分は低下する。

「よぉ、悩める青少年」

 キッチンの、椅子にもたれていた俺の親父が振り向く。伸び放題の髪を後ろで括り、無精ひげを生やしている。

 嘗て子供たちのヒーロー『たんぱく星の筋肉マン』だった男は、今やおっさんである。

「なにが悩める青少年だよ……。特に悩んでねぇよ。ただ、誰かのせいで夢を崩壊させられたけどな」

「ほぅ、どこのどいつだ?」

「あんただよ……」

「おや?」

「おや? じゃねぇよ。この年で憧れのヒーローが親父だったと報された俺の身にもなれっ」

「一緒に暮らしていて気づかんお前が悪い」

 してやったり顔な親父に、俺の拳に力が入る。

 親父の職業は俳優である。今は人気は落ちていたが『たんぱく星の筋肉マン』の主役に抜擢されていた時は多忙で、顔もそれなりに良くマッチョだった。

 俺はそんな親父のかっこよさに魅せられて、朝は筋肉にいいというバナナやヨーグルトなどタンパク質を摂っていた。

 しかしこの筋肉、なかなかつかない。その頃は親父が『筋肉マン』とは知らず、俳優だということも知らなかった。

 なにしろテレビに出ていたとしても、仮面をつけていたのだからわかるわけがない。

 おれが中学を卒業する頃には、現在の親父が完成していた。

 マッチョは変わらないが、おっさん化した親父に以前のかっこよさはない。まぁそれはいい。問題は、プロティンを買うためにコンビニに入った日のことだ。

 新商品だというプロティンの前に、POPがあった。

『たんぱく星の筋肉マンもお勧め。君も明日から筋肉マン』

 ――はい?

 なんと、親父がにっこり笑っている写真があるではないか。

 家に帰って親父に迫ると、あっさり暴露した。

 何でも仕事の一環で顔出ししたというが、今すぐPOPの撤収を親父に迫った。

 考えて見ろ。俺のように子供の頃『たんぱく星の筋肉マン』に憧れた人間が、ヒーローの素顔はこんな顔で~すみたいなPOPを見たら、夢が崩壊すると思うぞ。

 被害は最小限……いや、ヒーローなら被害を出さないものだろう、親父よ。

 なんとか顔出しPOPは言葉のみに変わったが、俺に筋肉がつかないのは、おっさん化したヒーローを見てしまった衝撃のせいではないだろうか?

「悩みなら聞くぞ?」

 親父は頬杖をついて、にこにこと笑っている。

 まったく、誰のせいで悩んでいると思っているんだよ。

 目の前には、少し焦げて黄身も崩れかけた目玉焼きがあった。

 俺が幼稚園の頃にお袋が死んで、食事の世話は近くに住む叔母がしてくれていたが、仕事がない日は親父が作る。

 目玉焼きの他にはバナナヨーグルト。どれも、筋肉アップに必要なタンパク質だ。

 親父は俺が筋肉づくりをしていることを知っていたらしい。

 それに比べ、俺は親父のことをなにも知らない。

「親父、今日は暇か?」

「今日はジムに行くんじゃないのか?」

「いや、今日は家にいる」

 俺の筋力アップはまた伸びるが、今日は俺の知らない親父を本人から聞いてみようと思う。今まで面と向かって話したことはなく、久しぶりの父子の会話だ。

 なにしろ親父は『たんぱく星の筋肉マン』である。

 俺の悩みも助けてくれる――かも知れない。 

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たんぱく星の筋肉マン 斑鳩陽菜 @ikaruga2019

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