【KAC20235】焼き肉屋の看板娘
無雲律人
看板娘に起きた悲劇
カルビ、タン、ザブトン、ヒレ、ランプ、ハチノス……私の父ちゃんの焼き肉屋『
***
東京郊外の住宅街に、その焼き肉屋はひっそりとあった。
良質な肉を揃え、比較的安価に提供する。その評判は口コミで広がり、連日店は大盛況だった。
「スズちゃーん! ハラミ追加、生お代わり!」
「はいよっ!
浩三の妻は、鈴が小学生の頃に、病で死んだ。以来、浩三は男手ひとつで鈴を育てて来た。
それは、大切な花を愛でるように。そして、他人を思いやれる優しい子になるように、と。持てる愛情を全て注いで、育てて来た。
鈴は看板娘としてとても評判が良かった。見た目が愛らしい事もあったが、気立ても良く、はきはきと客を
そして、鈴は近々幼馴染の
鈴と亮太は、店が終わった後のほんの少しの時間、近所の公園で缶ビールを一本飲むという逢瀬の時間を習慣にしていた。その日も、鈴は店が終わると息を切らして公園へと向かった。
「亮太―! お待たせ! 待った?」
苦しくなっている呼吸を整えながら、鈴は亮太の姿を探した。しかし、そこに亮太の姿は無かった。
「亮太、まだ来てないのかなぁ?」
時計を見ると時刻は零時。鈴は頭を左右に振って周りを見る。
その時だった。鈴は、背後から強烈な力で足を掴まれた。
鈴は短いながら大きな悲鳴を上げたが、周囲に歩いている人はいなかった。鈴は、あまりにも突然の事で頭がパニックになっていた。
「きゃぁぁぁ!!!!!!」
悲鳴も虚しく、鈴は倒されてどんどん引きずられ、公園の茂みへと連れていかれる。
そして、仰向けに転がされると、意味が分からないままに服を引き裂かれ、そして、凌辱された。
***
痛みと口惜しさで呆然としている鈴をよそに、その男はズボンを直し、ベルトを締め、そして足早に去って行った。
鈴は、しばらく動けなかった。
凌辱されたショックに加えて、全ての筋肉や節々の痛みがあったが、何より悲劇だったのは、鈴がその男を知っていたという事だった。
「徳さん……なんで……」
そう。鈴を凌辱した男は、『笑門』の常連客の徳田だったのだ。
「スズちゃん、俺ずっとスズちゃんが好きだっんだ! あんな小僧に抱かれてるなんて許せねぇ!」
そう、徳田は叫びながら鈴を凌辱したが、それは、鈴にとって受け入れがたい裏切りだった。
何故、自分がこんな目に遭わなければいけないのか。何故、ただの店の常連である徳田を受け入れなければならないのか。何故、こんなうだつの上がらない男に凌辱されなければならないのか。
鈴の頭は、混乱していた。
その時、声がした。
「鈴ー! 鈴どこだー?」
亮太だった。
鈴は、今の姿の自分を亮太に見られたくなかった。だから、息をひそめて茂みに隠れていた。
しかし、見付かった。
「鈴!? 鈴どうしたんだその姿……まさか……!?」
鈴は無言で頭を振る。しかし、服を切り裂かれた自分の姿は、どう見ても性暴力を受けた後のそれだった。
「鈴……俺が遅刻さえしなかったら。残業なんてしなかったら、もっと早くにちゃんと連絡しておけば、こんな事には……」
「亮太……自分を責めないで……」
鈴も亮太も泣いていた。
亮太は、こんな時でも相手を思いやる気持ちを忘れない、鈴の純粋な心に感動していた。
「鈴、俺、鈴をこんな目に遭わせた奴、許さないから……」
鈴は、亮太に連れられて家に帰り、そして、亮太と浩三に事の真相を告げた。
***
「いらっしゃい! 今日も美味しいお肉、いっぱいあるよ!」
店内に鈴の元気な声が響く。
「おー、スズちゃん! 一週間も店を閉じてたから、マスターの具合でも悪いのかと思っていたよ!」
「父ちゃんは今日も元気ですよ! 中井さん、今日は一頭買いで特別に美味しいお肉を入荷していますが、どうしますか? スペシャル特価で提供しますよ!」
「そうか! じゃぁその一頭買いの肉のおまかせと生の大で!」
「はいよー!」
店内は変わりなく賑わっている。スペシャル特価の特別な肉も、とても好評だ。
「スズちゃん、この肉と部位、何て言うんだい? ちょっと筋肉質な噛み応えだけど、凄く美味しいなぁ」
鈴は、満面の笑みでこう答えた。
「それは、あるオスの筋肉の部分かな。特別のとくちゃんです!」
「とくちゃーんなんだそりゃ」
客たちがどっと笑いだす。
「そういや、徳さん最近見ねぇなぁ。どっか行っちゃったのかな?」
「そうですか? 転居でもされたんですかね?」
そう、鈴を汚す者は、この世から居なくなった方が良い。鈴は、浩三にとっても、亮太にとっても、かけがえのない娘なのだ。
向けられる歪んだ好意など、網の上で焼いてしまえ────。
────了
【KAC20235】焼き肉屋の看板娘 無雲律人 @moonlit_fables
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