Maccho?

メイルストロム

Maccho Men


 近年、筋トレがブームとなり至る所でトレーニングジムを見かけるようになった。それに加えてテレビやラジオ、様々なメディアでも筋トレにまつわるネタを取り扱っている。

 なので当然、筋トレや食事制限にまつわる本も例年にはない売上を見せた。


 なのでちょっとした暇つぶしついでに筋トレ本特集と題し、その手の本をひとまとめにしたコーナを増設してみたところ──まぁ人が群がる事群がる事。


 普段運動してなさそうな叔父様や主婦、運動嫌いだけどブームっぽいし、なんて理由で購入する女学生と多種多様な客が来店した。あとは背が小さく全体的に幼さの残る中学生男子が恥ずかしそうに購入して行くことこともある。

 ……ここを開店してはや数十年、これほどまでに賑わった事はないので嬉しくもあるがハッキリ言って疲れた。連日大量の客を捌きながら品出しや発注を行うには単純に人手が足りないし、かと言って人を雇うだけの余力はないのである。

 なので仕方なく人形を操り裏方の仕事を行っていたのだが、そればかりに気を取られるわけにもいかないのだ。


 というかそもそも何故こんな片田舎にまで来て買うだろうか? わざわざこんな場所へ来るくらいならネットで買えばいいのに。

 ……なんて思って何人かのお得意さんに聞いたのだが、ネットではもう入手出来ず都心部の書店では開店一番に並ばないと買えないというのだ。

 そこまでいくと少々行き過ぎな気もしなくはないが……個々人が身体を鍛えるというのは健康にも良い話なのでなんとももどかしい話である。



「いらっしゃいませ」


 椅子にかけているといつもの少年がやってきた。何かを探している様子だったが、私の顔を見るなりすぐにこちらへやってくる。


「……お姉さん、疲れてる?」

「んー……実を言うとほんの少しだけ疲れました。皆さん、筋トレの本や食事制限などを書かれたモノばかりお求めになりますので」


 よもや少年に見抜かれるとは……バレたのなら少しくらいはいいかと思い、軽く漏らした愚痴を聞く少年はなんとも微妙な苦笑いを見せている。

 ……それがちょっと可愛く見えたのはナイショです。


「あはは……まぁ今は筋トレブームだからね。うちのアニキも毎日筋トレしてるもん。それで飯は脂質がーとか蛋白質がーとか煩くて煩くて、母さんも呆れてたよ」


 それはさぞ面倒なことだろう。個人で筋トレをやる分には構わないが、食事にまで口を出されてしまうのなら話は別だ。日々節制を心がける主婦/夫にとって日々の食費は最も気をつけるべきポイントであり、たった一人の為にメニューを考えるというのは非常に手間である。


「……それは面倒臭いでしょうね」

「ホントだよ……ところでさ、リブラお姉さんはマッチョな方が好きだったりする?」

「なぜそんなことを?」

「こういう流行? 的なのって女性の方が敏感じゃん。歳が近いのだとうちは兄ちゃんしかいないから参考になんなくてさ」


 なるほど。少しからかってやろうかと思ったけれどこれは少年にとっては真剣な悩みらしい。


「……なら、ご自身のお母様や同級生に聞けば良いじゃないですか」

「聞けるわけ無いだろ……母さんはきっと呆れるだろうし、同級生なんかに聞いた日には笑いものだよ」

「まぁお母様はそうでしょうが……同級生は、なぜ?」


 同級生なら尚の事都合が良いと思うのだがどうも違うらしい。確かに中学生という年頃では異性を意識し、なんでもないことですら異常な緊張を見せるとも聞くが……よもや日常的な会話すら困難になるというのか?


「そういうもんなんだよ……まず俺さ、タッパもないし細っこいじゃん?」

「……まぁ、確かに平均的な体格には少し遠いところにありますね」

「ストレートに言われると傷付くんだけど……」

「けど、事実でしょう」

「……リブラお姉さんって、もしかしてSっ気強い?」

「さぁ、どうでしょう?

 私はそんなことよりも、君の体格がなぜ関係あるのかの方が気になるのだけれど」


 言葉のついでにちょっと微笑みかけてみると、少年は一瞬だけ見惚れたような態度を見せてくる。そしていつも通り慌てて顔を背けるのだから可愛いったらありゃしない。


「あー……その、俺らの年代はそういう事を突発的にやると、モテたくて努力してるwみたいな感じでネタにされるんだよ」

「ほほう……?」

「ちょっと洒落っ気だしたりするだけでもそうなんだ。クラスの長身イケメンだと格好いい、だなんて言ってもてはやされるのにさ……不公平じゃん」


 愚痴る少年はいかにも不満たっぷりという具合である。それはそれとして……体格等は個々人の個性と言うことで納得できないのだろうか? また他人の努力を笑う風潮も正直なところ理解し難い。

 他の私達からはそういう話を同期聞いた事が無いのだけれど、たまたま経験していなかっただけということか。


「リブラお姉さんもそう思うでしょ?」

「まぁ、そうですね」

「だよね……本当、なにかひとつくらいは見返しでやりたいんだけどなぁ」


 いじけた様子で片足をぶらぶら降っている姿は、少年に対し少々申し訳ないが幼気で可愛らしく見える。願わくばどうか、そのままの愛らしい君で居てほしいものだ。


「それにしても見返したいとは、穏やかではありませんね」

「だって、イケメンばっかりが良いとこ全部持ってくなんてズルいじゃん……こっちはなにか努力しても笑われるだけなのにさ」

「少年、努力くらい好きにすれば良いのです。

 それで笑われたからと言ってやめる必要はないし、その努力する姿を見てくれる人は必ずいますよ。

 だから頑張って下さい……少なくとも私は応援していますから」

「──……………うん」


 ……そう言って惚けた顔でフラフラと書店を後にする少年の姿は結構危なかっしいものだった。

 反応が良くてついついやってしまう私にも責任はあるのだが、これからは誂うのも程々にすべきかもしれない。










 ────後日、高校入学を果たした少年がムキムキマッチョ路線に育っていた。



 ……どうしてこうなったのだろう? あの時の可愛らしい君が良かったのに。

 ……なんて言葉は口に出せるわけもなく。嘆き荒ぶる内心を隠しながら私はいつもどおり、他の私達と変わらぬ微笑を携え対応するしかなかった。



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Maccho? メイルストロム @siranui999

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