番太・小太郎の恋話

井田いづ

第1話

「おめぇさんはいいよなァ、ガタイが良くってよォ」


 木戸番の小太郎は己のやや弛みかけた腹肉を摘んだ。暇人仲間である浪人者の昌良まさよしに対しての言葉だ。今日も二人は暇を持て余し、昼間から酒なんぞを飲んでいる。小太郎はにじにじと炙った小魚を齧りながら、じろり昌良を見た。


「何を食ったらそうなンだ?」

「藪から棒に、なんなのだ」

「はあ……お咲ちゃんは頼り甲斐のある筋骨隆々な男が好みなんだとよ……」

「お、おぬし、まさか!」

「そのまさかよ」

「とうとうあの花売りの娘に想いを告げたと!」

「いや、待て、想いを告げるだのじゃあねェけどよう……ちぃと誘ったが色のいい返事を貰えなかっただけさ」


小太郎は重いため息をついた。昌良は膝をぱん、と叩いて


「よし、では今宵はそれについて語ろうではないか」


そう言った。


「お、おれの傷を抉ろうってのか⁈」

「まさかまさか──で、どう振られた」

「こら、ばか、おれはまだ振られたわけじゃねェやい!」


やっぱり面白がってンじゃねェかよ──小太郎はふん、鼻を鳴らすと酒を呷った。


「近く桜でも見にいかねェかって誘ったんだよ……。そしたらとびの又吉と行くと言うじゃねェか。そンで日を改めようかって粘ったら折角だし昌良さんも一緒にねって……あいつもお前も立派な体躯だろ?」

「ははあ、よく粘ったな」

「それでどうしても気になってさ、豆腐屋のきね姐さんにお咲ちゃんの好みを聞くように頼んだのさ。そうしたら……」

「先ほどの話か──くく、いや、見事に振られておるな」

「おいこら笑うなばか」

「すまん、いや、ならばやることは一つしかあるまいよ」

「やること?」

「おれや又吉と同じような体躯を目指せば良いだけよ! おれと鍛えれば良いではないか! ちょうど、朝晩の素振りに相方が欲しかったところでな──」

「え」

「筋肉は一朝一夕に成らずだ」


昌良の筋肉を羨ましがったことを、小太郎は若干後悔した。




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番太・小太郎の恋話 井田いづ @Idacksoy

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