吸血鬼と真夜中のパン屋さん
肥前ロンズ
とある国に暮らす吸血鬼の、深夜の散歩。
ぱちり、と真夜中に目が覚めた。
今何時なのだろう。窓から月の光が差し込み、ホーッと、フクロウが鳴いている。
そのまままた寝ようかと思ったが、なんとなく小腹空いている。普通だったらオートミールの粥とかにしておくのだろうけど、この時の私はものすごい執念に取り憑かれていた。
――パンめっちゃ食べたい。
今すぐ焼き立てのパンが食べたいので、発酵が不要なパンを作る。
バターミルクの代わりにヨーグルトをいれよう。生地を丸くして、真ん中に十字の切り込みを入れる。
それをオーブンに入れて、後は焼き上がるのを待つ……。
香ばしい香りが部屋中にいっぱいになったその時、トントン、と扉を叩く音がした。誰だこんな深夜に。
扉を開けると、「ハァイ」と笑顔を浮かべた淑女が一人。
ちなみに私の知り合いではない。そして人間ではない。
「……吸血鬼が、なんの用」
「深夜の散歩をしてたら、美味しそうな匂いがしたので、ご相伴にあずかりに来ました〜」
吸血鬼が、パンの匂いにつられて、やって来た。
■
猫のように、その吸血鬼はぬる、と我が家に入ってきた。
「よく見知らぬ人を家にあげようと思ったわね〜。しかも吸血鬼よ、私」
「扉を開けた時点で入れるじゃん、あなたたち」
吸血鬼は招かれなければ家に入ることはできない。逆に言えば、扉を開けた時点で彼女たちは入れるのだ。
「そもそも深夜にノックされる扉開ける? フツー。強盗だったらどうするのよ」
「ホントだね……まさか吸血鬼に防犯を説かれるとは思わなかったな……」
マジで無防備すぎ、私。どんだけパンしか頭になかったんだ。
そのまましばらく会話が途切れる。名前も知らない吸血鬼は、大人しく椅子に座って待っていた。本やら実験道具やらで足の踏み場もないほど散らかった部屋なので、動き回らないでいるのはありがたい。何か言われるかなと思ったが、さすがに突然お邪魔したのもあってか、この部屋の惨状については何も言わなかった。
オーブンの中身を気にしながら、お茶の準備もする。
こないだ一目惚れした染付のティーカップに注いで渡すと、吸血鬼は慣れた仕草で飲む。雑多な部屋なのに、ここだけ貴族のお茶会みたいだ。
そろそろいいかな。焼き上がったパンを並べ、粗熱を取る。……前に、吸血鬼が手を伸ばした。
「あ、こら」
止める暇もなく、吸血鬼は火傷することもなく、上品にパンを割って口にいれる。
「美味しい〜! これが焼き立てのパンの味か〜!」
「……粗熱とった方が、パリッとして美味しいんだけど」
「え、そうだったの!? ごめん」
慌ててさっと手を戻す吸血鬼。
……そういえばこれ、十字に切り込み入れてるけど、吸血鬼大丈夫かな。今更か。
「んー、でも私の知っているパンとは結構違うわね」
「
これは代わりに重曹を使っている。ほとんどケーキのようなものだ。
「でもこれ、とっても美味しいわ! 私、出来立てのパン食べるの初めてだから嬉しい」
その言葉に、私はパンを食べる手を止める。
「ほら、吸血鬼って太陽が出てる間は動けないじゃない? 最近は真夜中にやってるお店もあるけど、大体酒場とかだから」
真夜中のパン屋さんはまだないのよね、と吸血鬼。
……焼き立てのパンが食べれないなんて想像もしたことがなかった、と私は思った。
異種族の共存が叫ばれてから、三年ほどの月日が経った。あらゆる種族が自由に、公平に暮らせるよう生活の保障もされている。例えば吸血鬼は、定期的な輸血が保障されている、とか。
それでもまだまだすべての種族が同じように暮らすには難しい。
この吸血鬼のように、やりたくてもできないことが、まだまだあるのだろう。
それから、私たちは家にあった残り物をかき集め、パンのお供にした。
たらふく食べたあと、じゃあ、と吸血鬼が立ち上がる。
「とっても美味しいパンをありがとう」
もう帰るのだろう、と私は思った。彼女を見送るために、扉を開ける。
その時、吸血鬼は私の頬にちゅ、とキスをした。
驚いた私はキスされた頬を押さえる。ふふ、と、吸血鬼は妖艶な笑みを浮かべる。
そして外に出て、振り向き際に、
「またね! パンを作る魔法使いさん!」
と言った。
それは逆光を浴びても、無邪気な少女のような笑顔だとわかった。
森の上には月が煌煌と輝いていて、空を飛ぶ吸血鬼を照らしていた。
その姿を見ながら、私は、今度は発酵パンの生地を作ってあげよう、と思った。
……あと片付けしよう、と思った。
吸血鬼と真夜中のパン屋さん 肥前ロンズ @misora2222
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