【ホラー】真夜中のバス

ハルカ

 その日は辛いことがあり、ベッドに入ってもうまく寝付けなかった。騒がしい雑念から逃げるように、私は夜の散歩へ出た。

 午前2時。深夜の住宅地に人の姿はない。

 まるで世界に私しかいないみたい。でも、くだらないことで思いわずらうくらいなら、いっそのことその方がいいのかもしれない。


 自販機で飲み物でも買おうと持ってきた小銭が、ポケットに甲高い音を響かせる。でも、いざ自販機の前に立つと煌々とした明かりが私には眩しすぎて、うつむきながら通り過ぎるのが精いっぱいだった。


 街灯には小さな羽虫が集まっている。

 もともと虫たちは月の光で方向を感知するものなのだ。それが街灯の光に惑わされ方向がわからなくなっているのだと、何かで読んだことがある。

 もしかしたら私も、強すぎる光に方向感覚を失ってしまったかもしれない。

 気付けば自分が今どこを歩いているのかわからなくなっていた。


 月は出ていない。曇りなのか星も見えない。ずいぶん暗い夜だ。

 ここから道を探して家に帰るのは骨が折れそうだ。

 すると、ちょうど路線バスが走ってきた。偶然にも家の方に向かうようだ。ポケットの中の小銭で足りる。渡りに船とはこのこと。目の前で停まったバスに乗り込む。


 こんな時間だというのに、バスの中には結構人が乗っている。

 杖を持った老爺。若い女性。高校生くらいの男の子。中年女性。サラリーマン風の男性。何か事情があるのか、親子連れもいる。私は一番うしろの席に座った。


 エンジンの振動音が心地良い。

 少しまどろみ、気がつけば家のすぐ近くまで来ていた。

 慌ててブザーを押し、バスが停まった場所で降りる。

 今ならうまく眠れそうだ。


 寝間着に着替えてベッドの中でふと思う。

 なぜこんな深夜にバスが走っていたのだろう。なぜ停留所でもない場所で停まったのだろう。

 あの乗客たちは、どこへ向かおうとしていたのか。

 あのバスは、どこへ向かおうとしていたのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【ホラー】真夜中のバス ハルカ @haruka_s

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ