黒ぶちの霊
低田出なお
黒ぶちの霊
「ひひ、このの橋はね、お兄さん。出るんだと、大きな犬の霊が」
おっかなく笑う老婆には、僕の横で尻尾を振り回している、足の透けたダルメシアンが見えていないようだった。
「その犬はな、欠片も鳴き声も上げんとな、綺麗に生えそろった歯をしとってな」
「はあ」
「噛みつくんじゃ。ずっぷち歯を立てての。噛まれたもんは、一生ここに捕らわれるそうじゃ」
話を聞きながら視線をちらりと足元へ移す。舌を出し、こちらを見上げるそれは、心なしか嬉しそうに見えた。よく見ると足元だけでなく、全体がじんわりと透けている。今話している犬の霊だと考えるのが自然だった。
「まあ気を付けることじゃ。お前さんも死にたくはなかろうて。ひっひっひ」
何かそんなに楽しいのか、老婆は笑みを絶やすことなく立ち去った。その背を見送り、再び視線を落とす。その犬は興味を指先に移し、鼻先を近づけていた。爪を嗅がれるたびに、鼻息とヒゲの当たる感覚を感じる。
「どっちかというと、今の人のほうが幽霊っぽいよな」
失礼な事を呟きながら屈む。ダルメシアンは待っていましたとばかりに曲げた膝に透けた前足を乗せ、舌を垂らしながら顔を寄せてきた。
頭を手のひらで包んでやると、気持ちよさそうに目を細める。尻尾を揺らしながら、口元に当たった親指をあぐあぐと甘噛みするその様子は、普通の犬にしか見えない。
「首輪はしてるし…散歩中に死んじゃったのか?」
「ばう」
首から背中にかけて撫でていると、昔飼っていた犬の事を思い出す。犬派では無かったが、亡くなった時はボロボロに泣き崩れたのは懐かしい。
一頻り撫でまわして腹まで見せてくれたところで、そろそろ帰らなくてはと立ち上がる。
「じゃあな。成仏、出来るといいな」
起き上がった犬を一撫でして振り返る。橋はずいぶんと遠くまで続いていた。
「…あれ、こんなに橋長かったっけ」
「ばう」
背中から鳴き声が聞こえた。
黒ぶちの霊 低田出なお @KiyositaRoretu
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