KAC2023 新しい都市伝説……

かざみ まゆみ

新しい都市伝説……

 ――その夜、私は残業を終え、一人で明かりの消えたビル街を歩いていました。


 最近の都心は無電柱化も進み、ビルの灯りが点いている時は良いが、居酒屋も閉まる深夜になると街路灯も無く、女性一人で歩くには怖いぐらいでした。

 若い頃から、誰も居なくなった深夜の街を散歩するのが趣味だった私は、最近の街並みに違和感を覚えていました。


 以前は電柱に付いていた防犯灯が、美観上の為に無電柱化され無くなり、防犯灯を設置する為に町内会や商店街が柱を建てなければいけないという、本末転倒さに呆れていた。


 ――いや、無電柱化の話に話が逸れてしまいましたね。それは私の本業なのでツイ……。


 私が違和感を覚えたのは暗闇の方でした。

 灯りもないビル街で、建物と路面の境すら闇に溶け、真の暗闇に包まれた一画。

 今までに無かった夜。

 そう。まるで街が暗闇に支配されている様でした。


 いつもの様に深夜の散歩に出掛けた私は、この街にいくつも存在している暗闇で、不思議な物を見かけました。


 それは確かに暗闇の中空で蠢いていました。

 私は招かれるように、闇に支配された路地へと足を踏み入れました。

 すると暗闇の中から無数の手が伸びて来ました! そう、間違いなく手でした……。

 それらが私の髪や服を掴むと物凄い力で……。


「ッン!! キャア!!!」


 小夜子は部屋の外にまで聞こえそうなぐらいの悲鳴を上げて、ソファから跳ね起きた。

 俺は今しがた彼女の首筋に押し当てた濡れタオルを、お手玉のように掌の上で踊らした。


「いつまでも事務所で雑誌なんか読んでんじゃ無い。晩御飯を食べ終わったら早く自分の部屋に戻りなさい」

「急に驚かせないで! オニィ!」


 小夜子のパンチが俺のみぞおちに数発入った。


「痛い痛い! またヌーなんか読んでて。幽霊なんかいないぞ」

「いや絶対いますぅ。 最近は都市型怪異が増えてきて、闇の世界も新時代に突入したって言われているんだよ」


 彼女がヌーの紙面を開き俺に見せつける。やっていることがまるで小学生だ。


「言われていると言うか、ヌーに書いてあるだけだろ?」

「アキバの話もあるんだよ。えっとね。これこれ、メイドさんってやつ」


 パラパラとページをめくると俺に見せて来た。


「メイドさん?」

「そう、街を歩いていて、絶対に追いつけないんだって」

「ふーん」


 俺はオカルトには全く興味がなかったが、小夜子が俺の顔に押し付けるようにオカルト雑誌ヌーを見せて来る。


「大学生が顔を見ようとして挟み込んだら、どちらから見ても背中しか見えないんだって」

「? どういうこと?」


 状況が理解できず、思わず聞き返してしまった。

 小夜子が楽しそうに目を輝かせている。


「両面背中で顔側が無いんだって」

「そんな馬鹿な。ありえない」

「そんなつまんない事言わないでよ。都市伝説なんだから……」


 不貞腐れた小夜子がソファーに突っ伏してイジケた素振りを見せる。


 ――もう少し女子大生らしくしたらどうだ?


 年頃の娘を前に、俺は頭を抱えた。


「明日も朝から大学だろ、早く自分の部屋に帰りな」

「は~い」


 そういうと小夜子は自分の荷物を抱えて事務所から出ていった。

 その手にはしっかりと怪奇専門誌ヌーが握られている。


 ――ありゃ、夜通し読んでそうだな。


 俺は思わずため息を漏らした……。

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