エピローグ、シン・義兄

 深夜のレンタルビデオ屋は相変わらず寂れている。

 二週間前、マルチバースの抗争が起こった日と変わらない。

 あの夜だって、俺はただビデオを借りに行っただけなのに。



「スマホを落としただけなのに、みたいに言うね」

 鮫沢がレジ台の上でコーン付きアイスを齧りながら言った。

「うるせえ」


 分厚いメガネも、若葉マークと店舗責任者のバッジがついたエプロンもわからない。ゲーム機の買取もまだ覚えない。緑のチェックのネルシャツだけが春用の薄地になっていた。



 店もまるで変わらない、とは言えない。俺は真新しい自動ドアを眺めた。


 カウンターのヒビはガムテープで塞がされ、無数の銃痕を隠すために海外ドラマの広告を貼りまくっていた。

 破壊されたSFとアクションとアジア映画の棚にはまだビニールシートがかかっている。硝煙と血痕で汚れた床はそこだけタイルを貼り替えたらしい。



「本当によく二週間で再開できたよな」

「保険が降りたらしいよ」

「保険なんて入ってたのかよ。その分俺たちの給料に回してくれりゃいいのに」

「金が欲しいなら勇虎も夜勤入ってくれよ。あんなことあって更に求人が駄目になったんだから」

 俺は肩を竦めた。



 多元宇宙を巻き込んだ深夜の狂騒は、紆余曲折あって、暴走族の抗争、集団ヒステリー、何かしらのテロ行為が重なったものとして処理されたらしい。


 それしか落とし所がないだろう。この街はド田舎のまま治安だけ暗黒街と同等にされたという馬鹿話だ。



 俺と義兄は暴徒から逃げ回って屋上に追い詰められていたことになった。臥龍が逐一監視カメラをぶち壊してくれていたのが功を奏したらしい。


 警察に事情を説明しつつ俺を庇い続けた龍治はいつものマシンガントークだったが、あんなに機転が効く男だとは思えない。

 マルチバースの誰かの記憶を使ったんじゃないかと問い正したがはぐらかされた。

 相変わらずそういう奴だ。



 幾千もの宇宙ごとに俺と龍治の関係は異なっているんだろう。

 多元宇宙の義兄たちは皆イカれていて二度と会いたくないが、傍迷惑とは言え、俺への愛情があった。

 俺が死んでいない宇宙は貴重らしい。

 なら、少しは頑張ってみるかと思った。



「でもさ、よかったんじゃない?」

 鮫沢がアイスで汚れた手をエプロンで拭く。

「店が破壊されたから二週間夜勤をやらないで済んだことが?」

「違うって。いや、それもそうだけど。前は一緒に来るなんて考えられなかったし」


 俺は鮫沢が親指で指した方を見る。

 雑に「その他」でひとまとめにされたDVDの棚の前を横切る龍治の姿があった。


「そうかもな」

 俺は陳列以外で立ち入らなかった棚の方へ向かった。

 イランの映画監督のカンヌ国際映画祭受賞作。ポーランドの見るからにアーティスティックな映画。聞いたこともない国のドキュメンタリ。相変わらずわからない映画ばかりだ。


 俺は苦笑する。

「おい、いつまで選んでんだよ」

 マルチバースの義兄たちを俺は本当にこう呼んでたんだろうか。

「兄さん」



 黒い暖簾を潜って龍治が現れる。

「微妙な品揃えだな」

 左手のカゴには大量のDVDが入っていた。人妻、女教師、未亡人。


「兄さん……?」

 龍治はドデカいサングラスをかけて、腰まである長髪を払う。派手なシャツのボタンは胸から臍まで開いていた。


「他人行儀だな。いつものようにお兄様と呼べ」

 俺は絶句した。龍治の右手にはサブマシンガンが握られていた。

「男同士の付き合いの前にゴミ掃除の時間だ。行くぞ、勇虎」


 義兄はサングラスを外し、往年の映画スターのようにウィンクする。



 やっぱりマルチバースはクソだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マルチバースの義兄 木古おうみ @kipplemaker

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ