ミッドナイトコンゲーム

姫路 りしゅう

僕は買った

「壺、買わんか?」


 不意に背中から声をかけられて、僕は思わず立ち止まって振り返った。

 詐欺師検定五級の人間でももう少しマシな勧誘をするぞ!


 しかし僕が足を止めてしまったのは事実であり、そういった意味ですでに僕は敗北している。

 こういうのは反応した時点で負けなのである。


 夜中に突然「肉まんが食べたい!」と言い出した恋人のためにひとりでコンビニへ出かけ、2、3店舗回ってようやく発見した帰り道だったので、僕はパーカーにクロックスと言う何ともやる気のない恰好をしている。(ちなみに恋人に一緒に行かない? と誘ったら、もう今日は顔面工事が終わったので閉店ですと言われた。もともと薄化粧だしそのままでも可愛いと思うんだけど、きっとそういうことじゃないんだろう)

 そんな格好だから走って逃げる気力もわかず、僕はばっちり壺売りの人と目を合わせてしまった。


「壺、買わんか?」


 言葉の主は、年老いた女性だった。そして、壺を抱えていた。

 こんな夜中に壺を持った老婆に声をかけられるの、めちゃくちゃ怖い。

 ただでさえ夜中に人とすれ違うことすら怖いというのに。


 だから僕は、その言葉を無視してゆっくりと正面を向いた。

 しかし、再び僕の足は止まることとなる。


「儂と壺を賭けてゲームをせんか?」


 ゲーム。

 それは、僕がこの世で恋人の次に好きなものだ。

 アナログゲームからテレビゲームまで、僕はこの世界のすべての遊戯を愛している。

 そんな僕が、その言葉を受けて振り返らないはずがなかった。


「どんなゲームですか?」

 老婆はニヤリと笑って、「簡単だよ」と言った。


「この壺の中に、入っているものをあてられたらお主の勝ち。あてられなければお主の負けじゃ」

「ノーヒントで?」

「いいや、お主は壺の中に手を突っ込むことができる。壺の中身を見るのは禁止だが、手を突っ込んで、好きに触って結構」

「……」

 いわゆる、壺の中身はなんじゃろな、だった。

 それはあまりに、僕に有利すぎないか?

 いや、でもなんかこう、すごくえっちなものとかだったらシンプルに知らない可能性があるな。僕はピュアなので。

「ちなみに僕が負けたら壺を買うとして、僕が勝ったら何をしてくれるんですか?」

「壺を無料であげよう」

「いらねええええええええええええええええええええ!!!!」

 いらねえ。

 いらねえが、ゲームである以上僕が引き下がるわけにはいかない。

 これは僕の信条の話だ。


「わかりました。そのゲーム乗りましょう」

「うむ」

 老婆はニヤニヤと笑いながら壺を差し出してきた。


 さて、と僕は考える。

 壺の中身をあてるゲーム。壺は老婆が両手で支える程度のサイズなので、中に入るものは限られる。

 とはいえ選択肢は無数にある。

 僕は壺へと手を伸ばそうとして――――――


 その時、僕の脳に電撃のようなひらめきが走った。


 どうして、こんなゲームを申し込んできた?

 壺の中身を触ってあてるだなんて、基本的にあてられるに決まっているだろう。

 それなのに、壺の中身をあてさせるなんて、まるでみたいじゃないか。

 例えば、壺の中に危険な薬品や生物が入っていて、突っ込んだ瞬間に大きな損害を追う可能性はないだろうか。

 もしくは、心霊的な何かがあって、壺に触った瞬間憑りつかれるとか。


 そうだとすればこれは立派なデスゲームだ。

 壺の中に手を突っ込んだ時点で、体に危険が迫る、死のゲーム。

「……」

 僕は伸ばした手をひっこめて、老婆の顔をじっと見る。

 老婆は何食わぬ顔で僕を見返す。

 リスクは取れないな。

 僕はそう思って、ルールの説明を聞いた瞬間に思いついていた最悪の必勝法をもう一度頭に思い浮かべた。

「……ふう」

 僕は小さく息を吐いて、


「壺の中に入っているのは、肉まん。僕の勝ち」


「……は」


 僕は唖然とする老婆を横目に、颯爽とその場を去った。

 ゲームは好きだけど、割に合わない罰ゲームは好きではない。

 ノーリスクで楽しむだけならまだしも、勝っても得られるもの壺だし……。


**


「ってことがあったんだよ」

「で、私の肉まんはー?」

「だから、デスゲームで……」

「いやいや、いやいや、買えなかったなら買えなかったで、誤魔化さなくていいんだよ? お願いしたの私だったし」


「本当なんだって、僕は買った。僕は買ったんだよ!」










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