『幻のオリオン』

DITinoue(上楽竜文)

幻のオリオン

 雄星さんと一緒にやっていくから、って言われた時は姉妹の仲直りに安心し、感動してたところに水を差してくれた。


 一体目の前の色白で丸顔で童顔なかわいい子は何を考えているんだろう。

 お金だけとっていく気なのだろうか。

「それじゃあ、今日一日よろしくお願いします!」

「……はい」

 ビシッと敬礼する和花に呆れ半分諦め半分答えた。

 睦子と和花が論争してたが、結果的に睦子が折れるという衝撃の展開で明日の朝まで和花を預かることになってしまった。

 書店で買い出しをしようと思って一日空けて二回休みとしたのだが、何ということか……。


「ふぅ、お疲れさん。おかげで少し早く終わった」

 定位置にいつも通り本棚は立っていた。段ボールの本も早く並べられたのは収穫だ。

「さて、それでは次は……」

「ん? あとは九時を待つだけ。ねぇ、ホントにここに居座る気なの?」

「居座るわけじゃありません! 本を愛する者としてBOOK MARKで誠心誠意働く所存です!」

 全く、調子がいいなぁ。人手があるのは嬉しいが。

「取りあえず、あくまで段ボールの本でも読んどきなよ」

「了解しました! 師匠!」

「あのさ、師匠ってのやめてくれない?」





「はい、昼ご飯」

「わぁ、ありがとうございます!」

 なぜか、僕が出費することになったサンドイッチ三つを和花に差し出した。何とも彼女は家を引き払って、必要最低限の服などを持って来たらしい。お金は二千円ほどだけだという。

 九時に開いても、ずっと彼女は小説を読んでいた。

「あのさ、そう言えばお姉さんは紫の服ばかり着てたとか言ってたけど、今は違うよね。何でなの?」

「ああ、それはですね。私は占い師とはこういう物だと思って本を解釈してたんですが、あることで作者のカナウミライ先生に出会って。そしたらこうでいいんだよって色々教えてもらって。なので普通の服装で」

「へぇ……取り合えず、昼からは働いてよ。居候なりに色々してくれないと」

「了解いたしました!」

 ――ホントに、この子大丈夫かな?




 有言実行、いや、それ以上のことを和花はしてくれた。

 まずは、朝に読んでいた小説や本棚に入っていた自分が知っている本を手に取って道行く人に宣伝していた。

 ここは市役所の前で公園も付いているから、比較的たくさんの人が行き交うが、結構たくさんの人が足を止めてコチラに来てくれた。

 また、さらに印象を良くしたのが本の購入者の手相を見て、明日のことを教えてあげたこと。特に高校生くらいの男の子は顔を赤くして、

「明日は良い日になりそうだね」

 だとか

「明日は友達とのことちょっと注意してね」

 とかいう普通そんなこと手相で分かるのかというようなアドバイスをしっかり受け入れていた。

 あの男の子たちはあれくらいの女性に手を握られることも初めてなのかもしれない。

 ひとまず、これで段ボール箱の本はかなり減った。明日どうにか補充しないと。


「……そうだ、ところでさ、和花ちゃんって金色の時計のマークって知ってる?」

 ふと、思い出した。睦子が金色の時計のマークのペンダントを付けていたというのを思い出したのだ。

「え? これですか?」

 と、和花は服の内側に手を入れてペンダントを出した。


 ――やっぱり、これだ。


 何かが起こったわけではないが、頬が強張った感じがした。

 確かに、これはあのピンバッチと同じだ。

「これがどうしたんですか?」

「あ、いやいや何にもない。ありがとう」

 これは、さすがに得体の知れない小娘には語ることは出来ない。

 ――小娘って言っても、一歳差か。




 食事を食べると、彼女は助手席ですぐに眠りに落ちて行った。寝顔もまた赤ちゃんが寝ているような雰囲気を醸し出している。

「寒いでしょ、まだ三月なんだし……」

 車のダッシュボードに置いていた毛布を取り、彼女にかけてやった。

 ――で、これなんだ?

 毛布を取った時に、思わず僕はこれを見て固まってしまったのだ。

 赤いペンダントが付いた見知らぬ本。タイトルは「幻のオリオン」とある。

 文庫本で、空いっぱいの星空と二人の男女が書かれたライトノベルらしいカバーだった。

 ――中身は何だ?

 これまで二回とも、ペンダントを取ったら酷い目に合っていた。取ったらヤバいってことは分かっていたから、僕は本の内容を確かめるという方法をとることにした。


 主人公は田舎で本屋を営む三十代の男。ヒロインは腐女子で借金が積みあがっている二十代後半の女子。

 ――なんか、今の僕らに似てるな……。

 どうやら、ヒロインはヒーローに片思いしていて、ヒーローはヒロインに手を焼いてるという感じらしい。それがだんだん距離が近くなっていくという感じだろうか。

 おっと、ヒロインがヒーローに少しじゃれる展開となってきたぞ――!



 ◆◇◆



 ヒュオォォォと冬の風が全身を包み込んでくる。

「寒っ……」

 毛布を取ろうと手を伸ばすが、そこに毛布はない。

 ――あれ?

 地面に手を当てると、なにかチクチクしたものがあった。

「は?」

 僕はガバッと立ち上がった。と、そこは田んぼ道だった。

「え? ここ何処だよ? あれ? 車は?」

 どこを探しても車はない。ただ、道が続くだけ。と、遠くに車を止めていた市役所の頭が見えた。

 あそこに車が置いてあるかは分からないが、取りあえず僕はそこを目指すことにした。

 ――これ絶対あのバッチのせいだ……。

 空には冬の大三角形が大量のシャンデリアのようにきらめいていた。


 と、向かいから誰かが歩いてきた。

「……もうすぐ二年になるんだな」

「早いなぁ。二年前はもう追い出されそうになってたけどね」

 どうやら、話しているのは男女のようだ。暗くて顔は良く見えないが。

「あ、あれオリオン座。すごいキレイ」

 どこかで聞いたような声じゃないか? まあ、夜の散歩を装って通り過ぎよう……。

 と、すれ違う間際、その二人の男女の顔を見て僕は腰を抜かしそうになってしまった。

 ――ウソ。


 目の前に、大森雄星と青木和花がいる。


 この状況は一体?

 と、あの会話がフラッシュバックする。

 ――もうすぐ二年になるんだな。

 まさか、これはあれから二年後の世界なのか……?

 何か色々と雑談しながら二年後の僕と和花は通り過ぎていく。和花はまだ出て行っていないということなのか。

 咄嗟の判断、と言うか体が勝手に動いて、僕は尾行をすることにした。




 ――すげぇな、和花って。

 BOOK MARKでは和花のアドバイスでスタンプラリーや子供割引、読み聞かせ会、紙芝居、占いデーなどたくさんのイベントができているらしかった。さらに、和花が運営するSNSも集客元となっているっぽい。

「テレビはヤバかったな」

「あれはヤバかった。私あの時の芸能人の人押しが強くて苦手だったなぁ」

「けど、あれから爆発的に客増えたもん。売り上げは良かったけど、本が一気に無くなるから大変だった」

「田舎の人に提供するのにその意義が無くなってきちゃったよね」

 二年後にはテレビにまで取材されているのか……。


 たまたま今日来ていた服のフードをかぶり、五メートルほど離れて彼らを追う。

「……ところで、ここからは真面目な話な」

「何? お金がヤバいとか?」

「そんなんじゃなくって。……二年前、最初は勝手に乗り込んできて迷惑でしかなかったけど、一日でそのイメージは無くなった。色々とやってくれてさ」

「さすが私」

 フフッと笑って、未来の僕は続ける。

「そこから書店員として色々ホントに頑張ってくれて。インフルで休まれた時は本当に存在大きいんだなぁって思った。だからさ……」

 一瞬言葉を切って、彼は言った。


「そろそろ、正式に、パートナーとして一緒にやらない?」


 ――え?

 何、正式に働かないかってこと? いや、でも書店員としてって言ってたよな、未来の僕は。しかも、パートナーとは何だ? パートナーの定義は?

 彼らは急に立ち止まった。

 顔は見えないが、和花は答えず、俯いている。

「……うん、そうしよ!」

 そう言って、和花は急に顔を上げ、横からでも見える花のような笑顔で未来の僕に抱き着いてきた。

「うおぉぉぉ」

「じゃ、そういうことで法律的なやつしないとね」

「そこから考えてるのか……」

 マジか。あの和花と、そんなことになるのか……? 本気で今、僕は衝撃を受けているのだが。

 未来は変えていいものなのか……?

 と、花の笑顔が一瞬コチラに向いた気がした。

 ――ヤバい、バレた……?



 ◆◇◆



 バッと僕は起き上がった。

 ――やっぱり、夢か……。

 ビビった。空を見上げると、オリオンがコチラを見下ろしている。

 隣を見ると、和花がスー、スー、と寝息を立てていた。やっぱり幼い顔が最高。

 ――あの夢の内容は、和花には言えないな。

 もう一度寝ることにしよう。と、その時頭の中で信号がともった。

 ――ちょっと待てよ、ワンダー・ストアの時みたいにならないよな……?

 最後のあとがきにはまさかおかしなことは書いてないだろうな?

 おい? 相変わらずピンバッチは表紙に貼ってあるが……。


『こんにちは。三木森勝勢です。今回の小説は楽しんでいただけましたでしょうか? 一言だけ言っちゃいます。ズバリ、この小説は移動書店時代に仲間だった今の妻への告白のシーンを思いだして、妻にバレないようにデレデレしながら書きました。はい、というわけでそれでは次の作品もお楽しみに!』

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