真夜中のぺたぺた

武州人也

ずだだだだ

 虫の音と、蛙の声。ひんやりとした夜風が、夏の終わりを感じさせる。白く光る街灯が、だだっ広い空き地に茂った高いススキを照らしている。ススキの向こうは大きな川で、小学生の頃はよく河川敷で遊んでいたもんだ。


 僕は最近、真夜中の散歩にハマっている。勉強で疲れたとき、無性に外の空気が恋しくなると、親の目を盗んで家を脱け出る。スマホ一つをポケットに忍ばせて、十分か二十分ぐらい歩いて、何事もなかったかのように帰宅する。特に今の時期は涼しい夜風が吹いてくるから、散歩にはうってつけだ。


 ふと右の斜面を見ると、白い墓石がいくつか並んでいた。いつもの道に、こんな場所はない。今まで決まった道しか歩いてこなかったから、僕は少し不安になった。


 いつの間にか、辺りは静まり返っていた。虫や蛙の鳴き声もない。墓地を囲む竹林が、そよ風に吹かれて枝葉をこすれさせている音……それだけが、かすかに聞こえる。


 来た道を戻ろうと踵を返した僕は、ぺた、ぺた、という音を聞いた。墓から、何かが近づいてくる。その音は足音のように聞こえるが、靴の音ではない。


 ぺた、ぺた、ぺた……


 ……恐怖が稲妻のように、全身を駆け巡った。呼吸が荒くなって、腰や太ももがブルブル震えている。ぺた、ぺた、という足音は、どんどんこちらに近づいてくる。


 やがて、墓石と墓石の間から、そいつは現れた。でっぷりとした腹に、毛深い胸の中年男。そして何より、そいつの白い肌と黒い体毛を覆うものは、何もなかった。



 露出狂だッッッ!!!



「おまえ……」


 露出狂が、僕を指さした。あまりの怖さに、僕は「ひっ」と情けない声を漏らしてしまった。生まれてこの方十六年、露出狂を見たのは初めてだ。


「おまえもおれの体に興味あるんだろう……? スケベしようや……」


 僕は恐怖のあまり逃げようとしたが、足がもつれて転んでしまった。露出狂はじりじりと、距離を詰めてきている。

 

 ……そのときだった。僕と露出狂以外の第三者の気配を感じた。


「深夜パトロールにて犯罪者発見っ! 逃がしはせんぞ!」


 耳がキーンとなりそうな大声が、どこからか響いてきた。僕の眼球は、声をした方を自然と追った。


 

 ……そこには、一人の警官が立っていた。警官はその手に……ガトリングガンを構えている!!!!!!!!!



 この警官、「県警の最終兵器」と呼ばれる最凶警官、銃死松じゅうしまつ酉我とりがだ!


「公然わいせつ罪の現行犯で容疑者を射殺する! 神妙にお縄をちょうだいしろぉ!」


 立ち上がった僕が踵を返したのと同時に、ガトリングガンの銃口が火を噴いた。走って逃げる僕の背後では、夜空をつん裂くけたたましい銃声が響き渡っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真夜中のぺたぺた 武州人也 @hagachi-hm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ