そうだ、流星を見よう

リフレイト

遠くて近いふたり

 騎士のあなたは、国境で活躍している頃かしら。活躍など、しなくていいの。英雄になど、ならなくていい。ただ、無事で帰って来てくれたら。そして、笑顔で元気な姿を見せてくれたら。


 それだけで、わたしは幸せになれるの。


 今年は、50年に一度の流星群を見る事が出来る年。一時間に十個以上は目視できるというその流れ星に、あなたの無事な姿を一日でも早く見る事が出来るよう祈りたくて、深夜に庭に出た。

 生憎、わたしの上を飾る夜空の星々は、その場にとどまって煌めく姿を見せるのみ。立ち止まっていると凍えそうになるから、散歩がてら体を動かしつつ、しょっちゅう空を見上げた。


 真冬の、キィンと張り詰めた冷たい空気が、より一層星々を美しく瞬かせる。


 防寒はしていたものの、3時間もここにいるため、手も足も氷のように冷たくて、今では感覚がほとんどない。じんじん痛むその指先を唇の先にあてて、はぁっと吐息をかける。


 でも、できるのは左手の指先だけ。


 なぜなら、右手はスマホを持って耳に当てているから。

 スマホが、愛しい人の声を届けてくれる。夜空を見上げながら、彼の声だけに耳と心を傾けた。


『ほら、また西の空に星が流れたよ。同時に3つも』


 あなたの明るい声を頼りに、慌てて西の空を見やる。でも、そこにも尾を引く輝きは見当たらない。


「もう、また見損ねちゃったわ」

『ははは、残念だったね。まぁ、僕たちの家の小さな窓からじゃあ、満点の空は見えないだろうから仕方ないね』

「そうねぇ。もう寝ようかしら」

『そうだね、いくら温かい部屋の中とはいえ、風邪をひいたら大変だ。そろそろおやすみ、愛しているよ』

「ええ、おやすみなさい。愛しているわ」


 彼は、私が寒いを通り越して冷たくて痛みすら感じる外にいる事など、夢にも思っていないだろう。


 あと少し。もう少しだけ。ひとつだけでいいから、流れ星に願いを……


 諦めの悪い私は、家に入らず夜空を見上げる。


 すると、真夜中なのに誰かの足音が聞こえて、思わず肩を竦めた。不審者かと思い、急いで家に入ろうとした時、背後から抱き着かれて悲鳴を上げる。


「いやあ、離して、離してください!」

「こーら。やっぱり外にいた。困った奥さんだね」

「え……?」


 パニックになっている耳元に、有り得ない人の声が入り込む。


「嘘……。だって、国境にいるはずじゃ……」

「少し前に停戦になったんだよ。僕は居残らずに済んだから、急いで帰ってきた。スマホだと盗聴の危険があるから、今日帰るって手紙を出したんだけど。手紙よりも僕のほうが早かったみたいだね」


 ちゅっとこめかみにキスをされた。お腹にまわされた大きな手も、私を抱きしめるその逞しい腕も、温もりも、私が一番良く知っている人のものだ。


「ただいま。びっくりしたかい?」

「ああ……、あなた……」


 くるりと体を反転させられ、愛しい人の笑顔を見た瞬間、私の目から塩辛い何かがたくさん零れた。たくさんお話したかった事がたくさんあるのに、咽が震えて声が出ない。


 一言も話す事が出来ず泣きじゃくる私を、抱きしめながら微笑む彼の顔の向こう側の夜空に、一際大きな火球が流れたのであった。






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