影に潜むもの

 私とクルツは武器を抜き打ったまま、悲鳴のした場所に疾走する。

 しかし、たどり着いた場所に人の姿はなく、おびただしい量の血だまり。

 そして、何処かへとつづく、血痕だけが点々と残されていた。

 この場に残ったヴァンたちの姿はどこにもない。


「これは一体どういうことだ?」

「――レックス、これをみろ」


 クルツが床に落ちていたものを拾い上げ、それを私に示す。

 曲がりくねった鈎状のナイフだ。


 ナイフは毒を持った植物の葉のような形をしている。その姿は、ひと目で危険を感じさせる。刀身は黒く、表面はざらざらとしていて粉っぽい。素材は金属というより石のようにも見える。そして、ナイフの背には不作為にいくつもの返しがついている。もしこれで指し貫かれたら、致命傷となるだろう。


 しかし、問題は「そこ」ではない。


「このナイフには血がついてないな。床の血は襲撃してきた連中のものか?」

「かもしれん。だが、別の得物を持っていた場合だって十分にあるぞ」

「それもそうだな……」


 私は一旦安堵したが、クルツに混ぜっ返される。

 これに関しては、彼の指摘する通りだ。


 メンバーに何らかの危険が及んだのは、ほぼ間違いないだろう。

 彼らを追うべきだ。


「何があったのか知りたい。血の跡を追うぞ」

「連中を待たんのか?」


 クルツの言葉は、行き違いになるのを怖れてのことだろう。

 それはもっともだ。しかし――


「剣士たちだけならまだしも、運び手までいなくなったのが気になる」

「そういうことか。ふむ、行ったほうが良さそうだな」

「先頭は任せる、私は回りを見張る」

「ああ」


 運び手のイルーゾは戦いの足手まといになる。ヴァンの性格からいっても、きっとここに置いていくはずだ。その彼がいないというのが、どうも気にかかった。


 弩を構えたクルツを先頭に、私達は血の跡をたどる。

 こういった追跡は偵察員であるクルツにすべてを任せたほうがいい。

 私は前後の警戒をしながら、血の跡を追った。


 血は階段状になった居住区の角を幾度と曲がり、次第に段を降りていく。

 ジグザグに並んだ血痕は次第にその感覚を広くしている。傷から血が止まり始めているのだろうか。この血の表面はまだ完全には固まっておらず、柔らかい。これが落ちたのは最近だな。


「近いぞ、声でも掛けてみるか」

「それはやめておこう。連中に私達のことを知らせる必要はない」

「確かに」


 連中というのはヴァン達だけではなく、襲撃者も含んでのことだ。もし、襲撃者に仲間がいれば、声を上げてしまうと、そいつらに私達の存在を教えてしまうことになる。そうなれば、奇襲のチャンスを失うばかりか、逆襲の可能性だってある。


 つまり、危険のほうが上回るということだ。

 一言も発さないまま、私たちは立ち並ぶ家々の路地を駆け抜けていった。


「シッ、待てレックス、アレを見ろ」

「――何をしているんだあれは?」


 クルツと私が見る先には、ヴァンたちが街路で円陣を組んでいる姿があった。

 彼らは荷物の詰まった背嚢を自分たちの前に出している。盾の代わりにしているのだとすると、彼らの相手は投射武器を持っているということか。


 なるほど、たしかに背嚢には小さな矢が突き立っている。

 白く短い矢。あれはいままで見たことがないな。


「助けに入るか?」

「まて、敵の様子が分からん。見捨てるわけじゃないが、敵の正体が分からんうちに勝手に飛び出しても、お互いが危険になるだけだ」

「ふむ……たしかに」

「ここからだと見えないかもな、家の上から敵を探そう」

「わかった」


 私とクルツは手近な家の屋上に上がると、身を伏せ、周りの様子を窺った。

 彼らに奇襲をしかけた者たちは、一体どこから仕掛けている?


 ヴァン達は街路の四辻、その中央に陣取っている。あれでは仕掛けてくださいと行っているようなものだ、いや、むしろそれが狙いか?

 もし襲撃者が家の中を通って移動してきているなら、追撃したとしても、その姿を捉えるのは難しい。攻撃を誘い、反撃を狙っているのかもしれない。


「きっとヴァン達は、襲撃した奴らを追いかけて、逆に罠にかかったんだな」

「だろうな……この居住区は身を隠せる場所が多い。クソッ」


 ここはキャンプに選ぶべき場所ではなかった。

 廃墟と思い込み、何者かが拠点にしている可能性を考えなかった私の落ち度だ。


 ヴァンとまわりの様子を見ていると、状況に変化が現れる。

 ひょう、と風を切る音がして、円陣を組んでいた彼らに白い矢降り注ぐ。


 背嚢を盾として、彼らはそれを凌ぐ。

 矢はいったい何処から飛んでいる?


 私は優雅な弧を描いている白矢の先をたどる。


「あそこだ」


 声を上げたクルツが私の肩を叩く。彼が弩を向けた先には、オレンジ色のひさしのある商店風の家があるのだが、それの脇の路地、その影のなかに何かいる。


「風来神の加護を……一か八か御覧じろ」


 風来神に捧げる祝詞を唱え、クルツがクロスボウのトリガーを握り込む。すると弦を抑えていた三日月状の金属部品がくるっと回り、弓の力が開放される。


 クロスボウからは私の親指ほどの太さのあるクォレル、太矢が発射された。その矢は奇妙に思えるほど真っ直ぐ飛び、床と壁の境も定かでない、闇の中を貫く。すると、壁を黒く染めた空間の中から、「ギャッ」と短い悲鳴がした。


「やったぞ」

「普段の博打も、これくらい勝てりゃ良いんだが」


 ヴァン達に射掛けられる矢が止まり、周囲から何かの気配が引いていく。襲撃者たちは、思わぬ反撃にひるんだのだろうか。


 私はヴァンたちに声をかけると、そのまま警戒を解かないように指示して、クルツと太矢を探しに行った。目印になるオレンジ色のひさしのもとにたどり着き、路地裏を見ると、弓を持った何かが死んでいる。


「なんだコイツは?」

「ゴブリン、緑肌……だよな」


 自信がないのは、私達が知っているゴブリンと、ある特徴が違うからだ。

 基本、ゴブリンというのは緑肌の中でもかなり厄介な相手だ。軽量な鎧と盾をもち、弓で射掛けて次第に距離を詰め、投網で相手の動きを止めると、針のように細い長槍で鎧の隙間をついてくる。

 太矢で胸板を貫かれて死んでいるコイツの装備を見る限り、一般的なゴブリンと戦術面では大きな違いはないようにみえる。


 だが、白いゴブリンというのは始めて見た。

 なんなのだこれは?

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―略奪山脈― 冒険者達は白嶺を目指す。 ねくろん@カクヨム @nechron_kkym

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