どうやらこの異世界で現世の日本語が読めるのが俺だけみたいなんだがトンデモ文書を持ってこないでほしい ~賢者のレシピ編~

九十九 千尋

賢者のレシピ

 俺の左脇に控える騎士が、俺の前にある机を、鎧に包まれた人差し指で突く。


「では、ケリィ殿、この古文書の解読をお願いしたい」


 俺は灯り一つだけの暗室で、机一つに向かって座らされている。机には数枚の紙っきれが置かれ、俺の両脇には西洋甲冑を全身に纏った騎士ががっちりと控えている。


 なんでこうなったのかを語りたいところだが、そこには長い長い俺の武勇伝があるので割愛して、ざっくりと今の状況を説明しよう。

 俺は成してしまったらしい。異世界転生。しかも、現世の、日本での知識を持って転生したのは俺だけという完全に勝ち組コースな転生!! 無駄にエルフのご両親の元に生まれちゃったりしたから寿命も長くてイケメンとして転生し、新たな名前もオシャレにケルビンとかなっちゃってるのだ! 昨今話題の俺YOEEEE系主人公ではない……はずだったんだが。

 どういうわけか、この世界はかつて多くの日本人が転移してきていたらしい。そして多くの日本の技術を置いて行ったのだが……それがおよそ500年前の話で、当時の転移者たちはみな寿命か、あるいは500年前に起きた「異世界人戦争」で死んで久しく、しかし彼らの残した技術は根付き、されど彼らの残した文章が読める者が少ない。そういう世界らしい。俺は決して弱くはないのだが、周りも強かったよ……

 だから普通にマヨネーズがあった。ちくしょう。


 今の俺固有のスキル、らしきものは「日本語がネイティブレベルで喋れて読める」だけである。転生直後はちらほらと日本語が見つかり驚愕したものだ。

 このスキルでも何でもないことを利用し、古き賢人昔の転移者が残した文章を読解するのが俺の刑期、じゃなかった。仕事だ。仕事。


 右に居た騎士は、俺の目の前の文章に関して簡単に説明してくれる。


「これは、500年前の日ノ本人の賢者が書いた文書らしいが、内容がはっきりしていない。彼女の子孫曰く『先代が大切に封印していた。理由はそのまた先代が大切に封印していたからと聞いている』とのことだ。脈々と受け継がれた封印されし文書だとよ」


 俺は目の前にあるA4サイズの紙を恐る恐る見る。


「これ、また危険な文章とかじゃないっすよな?」


 左に控える騎士は笑って答える。


「はは、大丈夫。予め解呪は試したし、読解班は読めば呪われる系の話でもないと判断してたよ」


 右に控える騎士はため息をつく。


「いいから、さっさと読めよ。読解班が読めなかったんだ。呪いかどうかは解らん」


 読解班とは、日本語を勉強したこの世界のエリートたちのことだ。基本的に何らかの理由で彼らが読めなかったものが、俺の元へやって来る。

 左右の騎士が俺の頭の上で揉め始めたので、俺は二人を止める。


「ああはいはい、分かった、分かりました。読みます。読んで、現代語訳この世界の言葉に翻訳で書き出します。するから頭の上で騒がないで!」


 時々、こうして出てきた文書に「読んだ者が痔と下痢を併発する呪い」や「いざ読んでみたらバリバリにグロホラー小説」だったこともあるので、毎回戦々恐々としながらこの仕事をしているが……今回は……



「ぐ、ぐちゃぐちゃ?」


 なにやら、ぐちゃぐちゃという文言が目に留まった。






アルトアさんへ


まず、シャニの身をほぐしておきます。色々試しましたが、あれが私の世界での蟹に一番近かったので、おススメです。   生食できるシャニが良いよ!> V(‘x‘)V

ついでに、海赤虫も良いと思います。←背

                   ワタは取ってね!

次にキャベシを切ります。手でちぎっても良いです。


続いて、付け込みジンジ、私の世界では紅ショウガと呼ばれるジンジの酢漬けを簡単に切ります。             ↑冷蔵庫に付け込みジンジのレシピ張っ

    -----------------------------------------------------------------------------  て

                            ↓       お

器に薄力粉20グラムと水200ミリリットルを入れ、先ほどまでに作った奴を   き

全部いれちゃって、そこにソース大1と塩コショウ、お好みで醤油大1   ま

そしてそれを、ぐちゃぐちゃになるまで混ぜます。              す

  ------------------------------------------------------------------------------------↓---

次に、プレートにオリベ油を一、プレートに炎熱魔法下位五級で熱を加え、これを焼きます。

プレートに伸ばすように注ぎ入れ、入れたキャベシがしんなりしたら、大気魔法下位三位で覆い、蒸し焼きにします。


具材に火が通ったら、もんじゃ焼きの完成です。

          グラムとミリリットルってこの世界だと何? >(’・ω・`)




「書き方の癖が強いぃ!」


 俺は読解班が読めなかった理由をなんとなく察した。誤字、メモ書きが入り乱れ、何が何やら……

 左に居た騎士が労をねぎらってくれる。


「おお、やっぱり早いな。流石だ、ケリィ殿」


 右に居た騎士は気だるげに、俺の前に置かれたは俺の脇から手を伸ばし、文書を摘まみ上げる。


「おい、裏面も読んだのか?」


 見れば、裏にも何か書かれている。

 また面倒な書き方をされていたらどうしたものか。とはいえ、読まないわけにはいかない。ただの意味不明な文言の方がいっそ良いのだが……




これで、あなたの好物が、私が居なくなった後でも作れるように。

あなたと過ごした日々は、右も左も解らなかった、言葉も通じなかった私の不安をほぐしてくれました。


覚えていますか? 私が初めて海赤虫を食べようと言った際に、あなたは「そんなゲテモノ食べられない!」って雨の中出て行ってしまった。

私は覚えています。私が雨の中追いかけていくと、あなたは親と逸れた子供と一緒に大樹の下で、その子を励ましながら雨宿りをしていたことを。

見知らぬ子どもにも優しくできるあなたを観て、あの頃から私はあなたを好きになっていました。あなたがどう思っていたかはわかりませんが……嫌いではなかったでしょう? アルトアさんは顔に出ないから。


私たち日本人、日ノ本人はこの世界では異物です。きっと、私たちが結婚できても子供はできない、そんな予感がします。

あなたはこの世界の人で、私は異世界の人間なのだから。


私は、ルベシド大王国の招集を受けて、戦争へ行きます。

同じく日本から来た人に会えるかもしれない。知り合いが居るかもしれない。それに、帰る方法も見つかるかもしれない。


私は進みます。あなたのぬくもりを胸に。ありがとう。

                                 サヤコ

 追伸

 ところで、この世界の文章が書けないので日本語で記しましたが、読めますか?




 右の騎士が、静かに俺に聞く。


「おい、なんて書いてあるんだ? ……そんな顔して。かわいそうな話だったのか?」


 俺は500年前に思いをはせた。


「いや、酷い文章だった。幸せそうな」


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どうやらこの異世界で現世の日本語が読めるのが俺だけみたいなんだがトンデモ文書を持ってこないでほしい ~賢者のレシピ編~ 九十九 千尋 @tsukuhi

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