第5話 光の民

 校長も言ってたが王族の護衛はボディーガードとして名誉あるものだという。


 しかし、クラスメイトから嫉妬などの感情は向けられず、むしろ同情されている節があった。


 クラリスが突然護衛学校に来た時点で教官達は対応に追われ、午前中は授業にならなかった。

 俺も解放されたのは昼前で、食堂で食事をしていた。


 誰も俺の座るテーブルに近付こうともしなかった。

 今日の昼はハンバーグ定食で俺の好きなメニューでもある。


 食事に手を付けようとしたところで向かいの席にギルが座った。


「ザイン、本当にクラリス様の護衛をするのか?」

「不本意だが、そうなる」


 ギルも同じハンバーグ定食を持ってきており、四人掛けのテーブルを二人で食事をする。


「僕としてもザインが退学しないのは嬉しいけど、それにしてもあの姫様のボディーガードか……」

「なんだよその顔。今日の朝までは辞めるなって言ってた癖に」

「……逆に聞くが、クラリス様のボディーガードをどう受け止めている?」

「質問を質問で返すなよ。……別に、面倒臭いなってくらいだ」


 それを聞いたギルは大きな溜め息を吐いた。

 その表情は本気で哀れんでいるようにも見える。


「なんでそんな顔をするんだよ。他の奴らもそうだ、王族のボディーガードとかお前らは普通羨ましがるんじゃないのか?」

「本当になにも知らないんだな。……無理もないか、ザインは世間知らずな上に学校の授業ではまだあの事件について授業を受けてないからな」


 そんな悪態をつき、


「なんだよ、あの事件って」

「六年前の暗殺事件さ。その事件でクラリス様は誘拐、そして双子の妹であるアイリス様が暗殺されている」

「へー、そんな事件があったのかよ。全然知らなかったぜ」


 それを聞いてクラリスのボディーガード嫌いがなんとなくわかった。

 過去にボディーガードがいたにも関わらずそんな目にあったら嫌いにでもなる。


「……お前、本当にエルファニア王国の国民か? 当時エルファニア王国全土や隣国でも報道されていたはずだぞ」

「んなこと言われても、知らねえものは知らねえよ」


 六年前といえば親代わりの師匠と西側の国で修行しに行くかどうかの時か?


 確か国外に出る前に師匠へ仕事の依頼が来て、それでどこかの武装集団を師匠が皆殺しにしていた憶えがある。

 それから護衛学校に入学するまで、他の国を回りながら生きるか死ぬかの厳しい修行をしていたため、エルファニア王国どころかどこの国の情勢もほぼ知らない。


「それで、その暗殺事件の詳細は?」

「暗殺に関与したのは宗教団体【光の民】だ」

「宗教団体ってのは意外だな。その宗教団体は今でも残ってるのか?」

「詳細はわからないけど、王国の騎士団かなにかが【光の民】の本部を強襲してクラリス様を救出、そして実行犯と主犯はその場で処刑されたって話だ。国内の【光の民】の施設は差し押さえられ、実質的に活動が出来なくなっている」


「へー」と俺はハンバーグを頬張る。

 うむ、デミグラスソースが深い味をしていて凄く美味しい。


「しかしなんでその宗教団体が王族を暗殺したりしたんだ?」

「彼らにとって双子の竜人は抹殺対象だからだ」

「双子の竜人が?」

「……まさか、双子の竜人の伝承も知らない?」


 双子の竜人……そういえば昔読んだ小説でそれを題材にしたものがあった。

 あれって本当のことだったのか。


「確か300年前の魔王軍との戦乱の切っ掛けが双子の竜人の片割れ、だったんだよな?」

「そう。竜人族は一部の宗教団体からは竜神と呼ばれて崇め奉られているけど、双子だけはそれに該当しない。エルファニア王国の歴史上でも竜人族の双子は三度確認されていて、その度にその双子を中心とした戦乱が起きた」

「ふーん。でもなんで崇め奉られてるのに、抹殺対象なんだ?」

「それは【光の民】とは別の宗教だ。【光の民】はヒューマン至上主義の宗教で、竜人族だけじゃなく、亜人は全て邪悪な存在という教えがあった」

「亜人は全てって、今の王国の国王の親族がほとんどじゃねえか」

「実際約300年前の戦乱では黒い角を持つ双子の竜人が亜人史上国家、別名魔王軍を作り上げて人間を滅ぼそうとしたんだ」


 黒い角と聞きクラリスを思い出す。

 あれが魔王になると言われても想像が付かない。

 ただの生意気で可愛らしい女の子だろう。


「でもその時は異世界から転移だか転生して来たヒューマンの勇者に魔王軍は滅ぼされたんだろ? 世界を救った勇者はその後に元の世界に戻ったらしいが」

「そう。そして【光の民】は崇め奉っていた勇者を失ってから暴走し始めた。勇者がいないこの世界で、彼らはどうしたと思う?」

「さあ? 俺は宗教家じゃないからわからねえよ」

「彼らは自らの手で勇者を作ろうとしたんだ。いずれ魔王になるはずのクラリス様を殺した者が、新しい勇者としてこの世界を治める、と」


 なるほど、過去に魔王と同じ竜人族の双子の片割れを殺せば、自分が勇者になれると考えたのか。

 なんともお目出たい連中だ。そういう奴から常日頃から狙われているわけだ。

 だからクラリスと出会ったときに、周りからあんな殺気を向けられた訳だ。


「……そういえばクラリスはなんで殺されずに済んだ? アイリスって妹が生き残るのはわかるが」

「詳細は僕にはわからないけど、【光の民】の儀式で教祖の手によって殺される寸前だったクラリス様を庇ってアイリス様が命を落とした、らしい」

「らしいって、そんな曖昧な」

「その時の情報のほとんどが一般には流れてきていないんだ。結果的にクラリス様だけが生き残っていたから、そうなんじゃないかって言われている」


「だからこそ」とギルは言葉を続ける。


「友人として忠告しておく。ザインの実力的にもクラリス様のボディーガードから辞退しろ」


 学校を辞めるなと口うるさかったギルがそこまで断言するとは。

 クラリスについてまだ話の続きがあるんだろう。


「なんだよ、俺が学校に残って嬉しいんじゃないのか?」

「それとこれとは別だ。【光の民】の信者はまだ全国各地、他国にまでいる」

「そんな巨大な組織だったのか、【光の民】って」

「特に西の【ティグル国】は【光の民】の信者が多くて、クラリス様が原因で小規模ながら今も戦争が続いているし」


 そういえば西側の方で戦争が度々あると聞いたことがある。

 その原因もクラリスが原因って、どれだけその伝承とやらを信じてるのか。

 神様なんて信じていない俺には、宗教家のことを一生理解出来ないだろう。


「それらの争いの中心となることから、あまり大きな声では言えないけど、ボディーガードの中にはクラリス様は【呪われた姫君】と呼ばれている」

「呪われたって、そんな大層なものじゃねえだろ。いちいち過去の伝承を真に受けた奴らがクラリスを利用しようとしてるだけじゃねえか」


 今の情報を聞く限り、クラリスの周りの人間が竜人の双子を利用としてそれに巻き込まれたぐらいにしか聞こえない。

 そんな彼女に少しばかり同情する。


「これは友人としての忠告だ。今後クラリス様に近寄らない方が身のためだ。命が惜しければな」


 真面目なギルが言い切るほど、クラリスの周囲は本当にヤバいんだろう。


 だがしかし、


「そう言われると、なんだか逆らいたくなるんだよな。それに俺は自分の命なんてそこまで惜しくはない」

「このアマノジャクめ。どうなっても本当に知らんぞ」


 話はそれで終わり、俺とギルは淡々と昼飯を食べた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

護衛学校の劣等生と呪われた竜の姫 深夜に焼肉を食べたい @mamatujou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ