第4話 毒味

 と、そんなことがあった。


 その後、無事に寮に戻ってからは特になにもなく、クラリスが上手いこと言い訳してくれたものだと思っていたが、まさか本当に俺をボディーガードにしようとここまで来るとは思いもしなかった。


 そんなこんなで俺とクラリスは理事長室で待機していた。


 第七王女が近衛隊や護衛無しでの突然の訪問、それを知らされていなかった護衛学校側は対応に困り果てて取りあえず理事長室で二人っきりとなっている。

 扉の外と窓の外には教官が配備されている。


 部屋の中にも教官が護衛として居座ろうとしたが、クラリスは


「ザインがいるから問題ないわ」


 とのことで教官は出禁にされてしまった。


 運悪く理事長も校長も不在で対応が出来る人間がおらず、更に王族の関係者もアゼリュートにおり、到着するまで今しばらくかかる。

 クラリスは来客用のソファに座り、一応俺は護衛という立場としてその側で立っている。


「聞きたいことが沢山あるが、なんで俺の名前を知っているんだ?」

「愚問ね。昨日の街の入管記録を見たらすぐわかったわ。昨日、あの時間に街にいた護衛学校の生徒はザイン・ブラッドリーだけ。他の記録も姉妹校である魔術学校に顔写真付きであったし」

「さいですか……」


 流石王族だけのことはあってそこら辺の個人情報は筒抜けか。

 しかし仮にも王女がこの学校に一人で来れるのは疑問が残る。


「あともう一つ、なんでここまで一人でどうやって来れたんだ? 一人なら馬車とか乗り物は目立って無理だろう」


 街中ならいざ知らず、街からかなり離れたこの学校まで一人で来るなんてどうやったのか。


「そんなの簡単よ。私の固有魔術『空間転移』を使ったから」

「『空間転移』? ……なるほど、王族特有の魔術か」


 この世界には血筋や特殊な環境下で過ごした人間しか発動できない特別な魔術がある。

 特に貴族や名家と呼ばれる家系に持つ人間が多く、この国の王族もほぼ全員にそれがあると聞いたことがある。


「私の『空間転移』は目線の先かマーキングした人や物の周辺に転移出来るわ。昨日、あなたの手を掴んだでしょ? その時にマーキングしたのよ」

「なるほどな、だから俺が逃げてもすぐに追いついて、今日もそれを使ってこの学校に来たのか」


「そういうことよ」とクラリスはテーブルの上に置かれていた紅茶を俺に差し出す。


「毒味をしなさい」

「は? 毒味?」

「私は口に入れるものは全部毒味しないと気が済まないの。本来は近衛隊の女性にやらせるのだけれど、今日は特別に、その役目をあなたに与えるわ」


 確かにボディーガードの仕事の中には毒味もあったりするが、ここにはカップが一つしかない。

 ただの学生でしかない俺の分の紅茶なんて、用意されてるはずもない。


「毒味は良いが、お前の分のカップが足りないぞ」

「なに言ってるのよ。新しく出されたカップに毒を盛られているかもしれないでしょ」

「そりゃそうだが……」


 そもそも護衛学校だから王女相手に盛る奴もいないと思うが、ここで逆らっても部屋の周囲で警戒の教官になに言われるかわからない。


「それともなに? 間接キスになるのが嫌なの? そういうのを気にするなんて意外ね」


 クラリスはクスクスと人を小馬鹿にしたような顔で笑う。


「んな訳ないだろ。ほら貸せよ」


 つい挑発的なクラリスにムカつき、紅茶を受け取って一口だけ飲んだ。

 なんの変哲もないただの紅茶だ。

 味はごく普通の紅茶で、当然ながら毒なんてものは入っていない。


「ほらよ、これで良いのか?」

「ありがとう」


 俺が口を付けたのもお構いなしに、顔色一つ変えないで紅茶を飲む。


 そうしていると、理事長の出入り口からノックの音が響いた。


「失礼します、学校長のスティーヴン・マーフィーです」


 入ってきたのはシュブリート護衛学校の学校長であるスティーヴンだ。

 毛根が死滅したのか入学時からツルツルの頭と人を殺してそうな凶悪な目が特徴的で、更に俺が少し見上げるほどの巨体をしている。


「久し振りね、スティーヴン」

「これはこれはクラリス様。遙々護衛学校まで来るとは、いかがな御用で?」

「ここにいるザインを私専属のボディーガードにするから」


 クラリスがそう言うと、校長はチラリとこちらに目線を向ける。


「クラリス様がよろしければ、私は構いません」

「ちょっと待て! 俺は学校辞めるって決まっていただろ!」

「なんだ、ザインはクラリス様の護衛が不満なのか?」

「不満もなにも、俺の意思を確認すらしないのが気に食わねえ」


 すると校長は懐から一枚の紙を取り出した。

 その紙は見覚えがある。

 つい先日、俺が書いて直接校長に提出した退学届だ。


「確かに退学届は受け取ったが、それをまだ私は決裁をしていない。お前の親……いや親代わりからは卒業まで面倒を見ろと言われてたんだ。元から退学など俺は認めん」


 校長はその退学届を丁寧に破り、下級の炎魔術で一瞬で燃やし尽くした。


 そう言えばそうだ。

 確か校長は俺の親代わりと戦友だかなんだかで仲が良く、こいつのお陰でシュブリート護衛学校に入学出来た節がある。

 それを考えればそう易々と退学なんてさせるはずもなく、退学届を提出した時も一度止められていた。


「それに良かったじゃないか。王女の護衛など学生はともかく、プロのボディーガードですらなれない名誉あるものだ」

「そんなの嬉しくねえよ。だいたい、俺みたいなボディーガードのライセンスすら持たない劣等生を王女の護衛なんてさせて、学校側は反対じゃねえのかよ」

「確かに、学校の成績だけを見ればお前を護衛させるなんて他の教師は黙っておらんだろう。だが俺は許す」

「ザインの護衛能力については私も問題視してないわ。むしろ私の近衛隊の人間を倒したのだから、少なくともそれより優秀よ」

「それは初耳です。が、なるほど。やることは親代わり譲りだな」


 どこか懐かしむように校長は顎を弄る。


「しかし、本来であれば王族の近衛隊に手を出したとあれば重罪だ。最悪反逆者として死刑もあり得ただろう」

「あれは事故として、今は処理しているわ」

「そうですか。しかし今は事故としても、後々事件に変わる可能性もなくはないでしょうな」


 校長は不敵な笑みを浮かべる。

 だが確かに、これで拒み続けても俺にメリットはない。

 俺はなにも言い返せなくなり、とうとう観念した。


「わかった、わかったよ。クラリスのボディーガードになってやるよ」

「決まりね。これでザインは正式に私のボディーガードよ」


 クラリスは嬉しそうに紅茶をもう一口飲む。

 あの時、あの近衛隊の男を蹴り倒さなければすんなりと学校を辞められたはずなのに……。


 うなだれる俺をよそに、校長は話を続ける。


「ただ、まだザインは正式なライセンスを持ってはいません。なので対外的には護衛学校の実践教育の一環としての見習い、ということにしましょう」

「良いわ。その代わり、学校の授業以外は私の護衛として働いて貰うわ」

「構いません。場合によってはクラリス様の日程に合わせてザインも特別に休みとして側に付き添わせます」

「それで結構よ」


 俺の意思なんて関係なく、着々と俺の扱いについて決まっていった。

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