雨粒が降り注ぐ水面

今福シノ

雨の放課後

 私は生まれてこの方、一度も慌てたり焦ったりしたことがない。


 ピアノの発表会でも、高校の合格発表の時も。チャラついた人たちに絡まれた時ですら、私の思考にはただの一つも波紋は生じなかった。


 答えは簡単。私はいつだって知識と情報を集めて、準備を怠らない。そして物事を順序だてて考えて、何が起こっても対処できるようにしているから。

 だから、


「雨じゃん、サイアク~」

「どうしよ、傘ないよー」


 昇降口から見上げる灰色の空からは、無数の水滴。予報にはなかった突然の雨。近くの人たちからはため息交じりの声が聞こえるけど、私の眉はぴくりとも動かない。

 これはただの通り雨。雨雲レーダーも確認したし、あと三十分もすれば止むはず。それから帰ればいいだけだ。

 こんなこと、狼狽うろたえるほどじゃあない。


「うっへえ、すごい雨……って葉月はづきじゃん」


 思索しさくしていると、隣から軽そうな声。腐れ縁の幼馴染、陽太ようたのものだった。


「もしかして葉月はづき、傘なくて困ってるやつか?」

「一緒にしないで。もうすぐ止むから待ってるの」

「おいおい、俺をなめるなよ~?」


 付き合いが長いとはいえ、この男はどうも苦手だった。私と正反対で、感情のままに動くタイプだから。


「こんなこともあろうかと折りたたみ傘を入れておいたんだぜ!」


 ドヤ顔。どうせ入れっぱなしになっていただけだろうに。


「家近いんだし入っていけよ」

「遠慮するわ、一人で帰れば」

「強がるなって、ほら――」


 ぐい、と私の身体は小さな折り畳み傘の中に。

 彼の肩に触れる。近づく。吐息が、鼓動が重なるほどに。



 ――――※☆¢£%#&□?△◆@■!*?!??



 え。あ、あれ?


 私、さっきまで何を考えていたんだっけ。


 思考がぐちゃぐちゃする。ぐちゃぐちゃって何? それすらもわからない。


「あ、え……」

「ようし、じゃあ帰るか」


 雨の中、歩き出す。

 それから家に着くまで、私の心も雨粒が降り注いだように乱れていた。

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雨粒が降り注ぐ水面 今福シノ @Shinoimafuku

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