デスゲーム文学コンテスト残酷物語
秋山完
デスゲーム文学コンテスト残酷物語(2023.03.09加筆修正)
※作者注:本稿は完全なフィクションであって、実在するいかなるコンテスト、出版社や国家等とも一切関係ありません。念のため!
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デスゲーム文学コンテスト残酷物語
(2023.03.09加筆修正)
“あなたが創る極上の「デスゲーム小説」をご応募ください!
高見広春さんの『バトル・ロワイアル』、山田悠介さんの『リアル鬼ごっこ』など、デスゲームをテーマにした文学作品は、世界にインパクトを与える新ジャンルに成長しました。弊社〇〇文庫編集部は、新たなるデスゲームの創造者を求めて「デスゲーム文学コンテスト」を開催します!”
このような告知メッセージが、とある小説投稿サイトに発表された。
デスゲーム小説とは、“複数の登場人物が生死を賭けた危険なゲームに参加するもので、ごく少数の勝利者は生存して莫大な報酬を得る一方で、大多数の敗者は命を落とすという過酷な競争を描く文学作品である”という。
盛大なコンテストになった。
千を超す応募作がその投稿サイトにあふれ、一次選考として一定期間、サイト内で読者に公開された。
読者から“評価ポイント”をプレゼントしてもらい、そのポイント数の多さを加味して作品を絞り込み、専門家の審査員による非公開の最終選考へと進むことになる。
ついに当選作が出た。
大賞の一作のみで、次点以下はなかった。
しかしたちまち、「なんであれが大賞なんだ?」という抗議にも似た疑問の声がネットに飛び交うことになった。
不思議なことに、大賞作品に対してサイトの読者が与えた“評価ポイント”は、終始“0”だったからだ。
ただし、閲覧数は多い。特に、「あの作品だけが評価ゼロだ」との評判が広まってからは、逆に「そんな駄作があるのか?」と興味を引いて、かえって閲覧者が増えたからだ。
しかし少なくとも数千人はいたはずの閲覧者は、誰一人として“評価ポイント”をただの1点すら与えることがなく、だからこの作品が最終選考に進むとは誰も思わなかったのだ。大いなる番狂わせである。
しかし大賞は大賞、受賞したことは紛れもない事実であり、その作品はネット公開をやめて書籍化され、「デスゲーム文学大賞作品!」との
それにしても、見た目も不思議な本であった。
中身を立ち読みできないよう、ビニールでピッチリと真空包装されていたのだ。
オトナの慣用句でいうところの「ビニ本」である。
本の表紙は真っ赤で、拡大鏡が欲しくなるほど小さな灰色の活字で読みにくくタイトルが記されていたが、誰もタイトルを見ずに、その本に巻かれた金色の帯にでかでかと印字された
「読んだら、死にます」
そう書かれていたら、買わないまでも立ち読みしたくなるものだ。
店頭でこっそりビニールを破ってページを開ける輩が現れる。
その多くは若者だったが、本の中身を勘違いして、えっちな写真を期待してビニールを裂き、密かに立ち読みした中高年のオジサンもいた。
そして、書店が歓迎しない「ビニ本破り」の立読み人は、天罰を食らったかのように、ふらふらっと力を失い、次々と書店の床にくずおれていった。
みな、息を引き取っていた。
「読んだら、死にます」の
死因は様々であった、心臓麻痺が多く、脳のくも膜下出血、血栓ができるエコノミー症候群、アレルギーによるショック死、ごく少数だが発狂して屋上から身投げしたり、あるいは笑って笑って笑い死にする者もいた。
この怪奇現象にマスコミは飛びついた。
「読んだら死ぬ」という怪書が全国の書店に並び、読むと本当に死んでしまう!
21世紀の「死者の書」とはこのことか?
馬鹿馬鹿しい、ただの都市伝説、人心を惑わす有害図書に過ぎないね……とバカにした元政治家の評論家は、「じゃあ一度読んで下さい」とビニールパック状態のその本をテーブルに出されたとたん、「そんな
拒否したのには理由があった。
ほぼ同時に、パリ在住の心霊探偵であり、かつて国際警察の警部たちを震撼させた“デス
「あれは稀代の
「読めば本当に死ぬのですか?」と記者が尋ねた。
「読めばわかります」と事務局。
「あなたは読んだのか?」と記者。
「いいえ、読んでいません」
「ははー、怖いんだ」と記者は嘲る。「ちゃんと調べたんですよ。あの作品は一次選考の時、二週間にわたって投稿サイトに公開されていた。いつまでも“評価ポイント0”だったのでかえって関心を引き、大勢の人が目を通したというではないですか。そして、読んだ者は一人残らず死んでしまった。読む途中で絶命したので、誰もポイントをつけてやることができなかった……というのが真相だ。いいですか、私たちは調べ上げたんですよ、あの二週間で投稿サイトの読者が一万人近く亡くなっていたことを。コンテスト主宰者として良心の痛みは感じないのですか。そして社会的責任というものを」
「死因は何ですか? 心臓麻痺とかでしょ?」事務局の女性がこともなげに反論した。「あの作品を読んだことと、突然の変死との因果関係を理路整然と説明なさってはいかがですか? 私たちは関係ありません、ただ不幸な偶然が重なっただけです。そんなにお疑いなら、この場で、ご自分でお読みください」
目の前にビニールパックした“読んだら死ぬ”本を差し出され、記者は鼻白んだ。ふん、と鼻息で敵意を示すと言い返した。
「読んでも死なないとおっしゃりたいのかね、なるほど、それではコンテスト審査員の皆さんは読んだのですな。読んだから、この小説に大賞をくれてやった……という次第のはず。しかし審査員の皆さんは未だぴんぴんと生きていらっしゃる。まさか、読まなかったとは言わせませんぞ、読んだ感想を述べていただきたいものですな、審査員の皆さんから」
う……と、事務局の女性は黙った。そのまま知らん顔でダンマリを続ける。
しかし、そんなことは先刻ご承知とばかりに記者は追求した。
「そうか、読まなかったんだ、審査員はこの本の中身を一字たりとも読まなかったのだ。怖かったからだろう? ちゃんと調べてきたんだ。この作品が二週間、サイト公開されている間に、コンテストの応募者も興味をそそられて、この作品をネットで読んだのだ、その結果、この作品の作者一人を除く応募者全員が一人残らず死んでしまった。結局、応募に残ったのは、実質的にこの作品ひとつだけ。そして心底から怖くなった審査員は、この本の原稿に目を通す勇気が無く、無条件で大賞を出すことにしたのだろう? 出さなければ、落選だ。となると、この本の作者から恨みを買って、事務所にガソリン放火とか、なにかもっと酷い復讐があるかもしれないとビビったのではないかね?」
「それは……まったく失礼な。お答えできかねます」と女性事務局員は逆らったが、顔は血の気が引いて蒼白であることが見て取れた。彼女は怯えているのだ。
そこで記者はたたみかけた。
「この本の印刷所で、ゲラ刷りを見た担当者が次々と不審死したことも掴んでいますよ。あなたたち事務局と編集員は心臓が
……などと記者は正義感をふりかざして非難したが、そうはいっても、呪殺本と不審死との関係を明瞭に説明できる証拠はなにひとつなかった。
相当に怪しいが、犯罪として立件できないのだ。
警察も秘密裏に捜査に乗り出していた。この呪殺本を読みながら死んだと思われる“被害者(?)”は二万人にせまり、あの大震災と大津波の犠牲者数を超えようとしていたのだ。
警察はその本を買ってきて、印刷のインクに強力な毒物でも混ぜられていないかと化学分析を試みたが、何一つ不審な点は見いだせなかった。そして調査にあたって本を開いてページを覗き見た捜査官が十数名、その場でコロンコロンと頓死した。
その本の作者はサウンドオンリーの電話でマスコミの取材に応じた。
「ああ、あれはまさしく呪殺本ですよ。古今東西全世界の権威ある強力な
「しかし」と記者は問いかけた。「呪殺文を読めばあなたも死ぬんじゃないですか。いったいどうやって、あなたはその呪殺小説を執筆できたのですか?」
「簡単なことです。あらかじめ所定の空白の原稿をパソコンの画面に作り、最後のページの最後の行の最後の文字から、最初のページに向けて、文章を逆さに書き進んだのです。そして書き終えたら、絶対に最初から読み返さないことがコツですね」
「なるほど、あなたも執筆にはそれなりに生命の危険を冒したわけだ。にしても、そうまでして、どうしてそんなに有害な作品を世に出したかったのですか? カネのためですかね」
「え? 何をおっしゃいます。だって、デスゲーム文学のコンテストですよ。私は真剣に気合いを入れて誠心誠意、デスゲームを描いた小説を応募しただけです。読む事それ自体がデスゲームである小説をね」
「つまり、そのことで“デスゲーム文学コンテスト自体が大いなるデスゲームと化した”のですな」
「おお、おっしゃる通りです。ライバルの応募者はみんな私の作品を読んで死に、私の作品は生き残って賞金を得た、それだけのこと。ああ、そうそう、いいことを教えましょう、小説文の中に紛れ込ませた
“読んだら死ぬ”本は飛ぶように売れた。
たちまち数百万部に達し、あのハ〇ー・〇ッターのシリーズを超える、史上最大部数の、しかもモノホンの魔法本であると騒がれた。
古本で安く買いたいとか、死んだ人の手からその本を盗めばタダで読めるとか考えたセコい輩も多かったが、本文のインクは劣化しやすい特殊なもので、本を開いたら最後、66時間で消えてしまい、すべて真っ白なページに戻ってしまう。
だから、欲しい人はピッチリとビニールパックした新本を買うしかなかった。
なかなか商売上手である。
作者が約束した賞金一億円を目当てに、赤字の呪殺文だけを避けて全文を読破する「デスノベル・デスリードゲーム」に挑戦する者は後を絶たない。
読みながらサドンデス、あるいはドボンデスしてこの世からリタイアする者は数知れず……となったが、あきらめずに挑戦する勇者に事欠かなかった。
作者が与えたヒントが効いていたからだ。
呪殺文は赤字であるから、赤いレンズのサングラスをかけて読めば、文字は見えず、死なずに済む。
赤い文字の呪殺文に、サングラスの色調と濃度が完全一致してくれたら無事だが、光の加減でうっすらとでも呪殺文が視認できたら、危ない。
蛮勇と幸運がどちらも不可欠な読書となるが、読み通すことは不可能ではないだろう。
その通りだった。しかし……
赤いサングラスをかけて、最初のページから読み進め、ついに首尾よく最後のページに到達した男がいた。
最後のページを開ける。
そこに書かれていた本文は一行だけだった。
「お前はもう死んでいる」
その刹那、彼は作者に騙されたことを知った。
この一行の隣に、世界最強の
心臓が止まった男の脳裏に、今まで読んできた本文の小説内容がフラッシュバックする。
ああ、なんて、くだらない駄作だったのだろう。
読むに耐えない小説とは、このことだ。
死体となった男の手から本が滑り落ち、表紙を上にして床に跳ねた。
蟻が並んだような、小さな文字で表記された、その本のタイトルは……
“デスゲーム文学コンテスト残酷物語”
*
その本はもっともっと売れた。メガメガヒットである。
作者、ウハウハだった。
いつしか「最終ページの呪殺文は世界最強だ」との噂が拡がるにつれて……
この国の国民が、この本の使い方に目覚めたのだった。
殺したい相手の前に行って、最終ページを相手に向けて開いて見せる。
「はい、これを見て!」
相手はへなへなと倒れ伏して死んでしまう。
完全犯罪であった。
自ら死ぬよりも、他者を殺す方の需要が圧倒的に大きかったのである。
そこでなぜか、政府が奇妙な制度を実施すると発表した。
「年金を受給している高齢者が突然死した場合、その場に居合わせた人(1名のみ)に対して、その素性を問わず、臨終の“お看取り料”として非課税で10万円を給付します」
死亡直後のご遺体と一緒にスマホで自撮りした画像が証拠になるという。
この制度はたちまち全国に広まった。
“読めば死ぬ”本を使って年金受給中の老人を一人殺せば十万円の収入。
“読めば死ぬ”本、その一冊のお値段は税込み1980円。
非常に利益率の高いビジネスとして成立することを、みなが悟ったのだ。
人を一人殺して十万円は、金額的には低いかもしれない。
しかし、百人殺せば一千万円なのだ。
日々、地道に励めば年収一千万円は可能……
国民はこぞってこの制度を活用した。
これは国家給付制度の名を借りたデスゲームなのだと。
ターゲットとなる老人の数は無限ではなく、いずれ全滅の域に達する、だから他者よりも早く、より多くを呪殺しまくった者が勝利者となる。
やがて“呪殺億万長者”が現れ、その給付金で建てた“呪殺御殿”なるものも地方都市や郊外にお目見えした。
この制度は政府の財政健全化に大きく寄与した。
十万円払っても、呪殺された老人がその後長生きして受け取る年金額に比べれば、微々たるものにすぎない。
破綻に直面していた年金制度は、一年を経ずして立ち直ったのである。
そうこうするうちに、この本はさらに一千万部売れ、一千万人が呪殺された。
政府は非常事態宣言を発令した。
殺人を疑う宣言でなく、人口が減り過ぎたので結婚と出産を推奨する宣言である。
しかし国民はだれもが、年金老人の呪殺ゲームに熱中しており、子作りも子育ても後回しにしてしまった。
少子化対策については、手の施しようがなかったのだ。
そして葬儀会社の株ばかりが、天井知らずの高騰を続けていった……
*
「はい……あ、ソ、ソーリですか!」
某省の次官は、スマホを耳に当てて緊張した。
スマホの彼方からソーリの声が響く。
「あの呪殺本な、もっぱら若者が老人を殺すデスゲームに用いられて、年金やら社会保障費をバカ食いしていた年寄りの人口が減っていくので、まあ、見て見ぬふりで黙認というスタイルを取らせてもらった。その実態は、一億国民が呪殺し合って人口ピラミッドを適正化する“一億総デスゲーム”ってやつだよ。だが、さすがに死に過ぎてしまった。だいたい75歳までの老人は、低賃金労働力としてそれなりに国家の役に立っていたものでな、減りすぎても困るのだ。で、ものは相談だが、今度はぜひ、同じ出版社に命じて、“生き返り文学コンテスト”をやってもらいたい。あの変な作者が、きっと死者を甦らせる呪文を含んだ小説を応募してくるんじゃないかね? それをまた利用するのだ……」
「ソーリ……」某省の次官は、情けないほどしわがれた声を、骨と皮の声帯から苦し気に発した。「実はもう、そのコンテストは急遽開催して先月に募集を終えたのです。例の変な作者の小説も再び大賞に選出させました。それはもう、その“生き返り本”は霊験あらたかで、墓の上に供えるだけで、まだ異世界に転生する前の屍体なら確実に現世に復活します。これで我が国の人口問題は解決かと」
文字通り生ける屍であるゾンビ次官はそう答えると、スマホの向こう側のソーリに対して、骸骨顔で幸せな微笑みを返すと、
「“一億総デスゲーム”のプロジェクトに、“敗者復活戦”ができて喜ばしい限りでございます。おかげさまで、かく言う私めも……」
*
電話を終えた次官の微笑みは、自信に満ちた“ほくそ笑み”に変わる。
ゾンビはおそらく、デスゲームで最強レベルのプレイヤーだ。
なにしろ、これ以上、殺される心配がない。
次官は宵闇をたたえた窓ガラスに映る自分の姿に向けて、つぶやいた。
「お前はもう死んでいる」
【了】
デスゲーム文学コンテスト残酷物語 秋山完 @akiyamakan
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