休日の迷探偵・2

 来客の正体は宗太郎そうたろうだった。予想よりも早い到着だ。

「へー、意外と片付いてるじゃないか。家に入ったらまずは座る場所を作るところからかと覚悟してた」

 彼はきょろきょろと物珍しそうに辺りを見ながらリビングへと入ってくる。

 宗太郎を家にあげるのは数年ぶりだろうか。ご期待に添えず残念だ。私の家は一応いつ来客があっても見られる程度には片付いている。

「人の家をなんだと思ってるんだ。掃除くらいはする」

「男やもめの家なんて酒の空き瓶とコンビニの弁当がらで埋まってそうだろ」

「それはお前の家だろう。俺は酒は飲まないし自炊派だ」

「健康的だな」

「お前は肝臓を大事にな」

 そう返すと宗太郎は楽しげにカラカラと笑った。これは普段から相当酒を飲んでいる顔に違いない。

 私は半ば呆れながら腕を組み直す。

「見つけておいたぞ、卒業アルバム。無償で探したんだから、理由程度は聞かせてもらおうか」

「まあまあ、まずは飯にしようぜ。美味うまそうなオードブル買ってきたからさ」

 宗太郎はスーパーの買い物袋をニコニコしながら掲げる。中を確認すると、揚げ物の詰め合わせパックの上にビールの缶が2つ転がっていた。肝臓の心配をした矢先に、肝臓に負担を掛けていくスタイルか。

 しかしせっかく買ってきてもらったので、早速ダイニングテーブルに食事を広げる。適当にテレビをつけて賑やかな環境を作ると、2人で向かい合って夕食会が始まった。

「アルバムは持って行くんだろ? 紙袋に入れておいた」

 食事を始めてから「そういえば」と私はリビングの入口付近に置いていた紙袋を指さした。まさかここで一緒に食事を摂るとは思っていなかったので、お持ち帰り用でまとめておいたのだ。

 すると宗太郎は首を横に振った。

「いや、ここで見ていくよ」

「ここで?」

 何らかの事件の参考資料にするのではないのか。

 私が眉を寄せていると、宗太郎は紙袋に近寄って卒業アルバムを取り出した。

「俺、長年の謎があってさ」

 彼はそう言いながら懐かしそうにページをめくり始める。

「小学校3年からクラブ活動に所属しないといけなかっただろ? 俺はサッカークラブ、お前はボードゲームクラブだった」

「週に1度のクラブ活動か、懐かしいな」

 そういえば先ほど整理していた箱の中にも、沢山のボードゲームがあった。外で遊ぶ派の自分がなぜと思っていたが、クラブ活動がきっかけだったようだ。遠い昔のことですっかり忘れていた。

「中学に入ったらたつきは軽音部に入った」

「ああ、そういえば当時ハマってた洋楽のCDをさっき見つけたな」

「俺はサッカー部だった」

宗太郎そうたろうは本当にサッカー好きだったよな」

 プロのサッカー選手になるんだと豪語していたのを思い出す。それがいまでは警察官なのだから、人生どう道が繋がっているのか分からないものだ。

 宗太郎は次の卒業アルバムを取り出しながらさらに言葉を続けている。

「高校に入ったお前はしばらく帰宅部だったが、ある日突然、空手部に入ったんだよな」

「そうだったか?」

 そういえば卒業アルバムが入っていた段ボールの中に筋トレのアイテムが山のように入っていた。あれは高校時代の名残か、と私は懐かしむ。

 そんな私に向かって、宗太郎が淡々と述べた。

「本当に突然だったからよく覚えている。ちなみに俺はサッカー部だった」

「……なんでいちいちお前の部活と比較してくるんだよ」

 先ほどから何となく違和感を感じていた。

 すると宗太郎は手元のアルバムを置くと、私の目を真正面からまっすぐ見据えて覗き込んできた。

 まるで取調室の椅子に座らされている気持ちになりそうだ。

「部活動ってさ、掛け持ちならまだしもそうそう畑を変えるもんでもないだろ。変えるにしても文化系を渡り歩くくらいだ。それをお前はゲームだったりバンドマンになったり、かと思えばストイックに格闘技を始めたり、ジャンルがぐちゃぐちゃすぎるんだよ。振れ幅も大きいし」

「多趣味だと言ってくれ」

 突然何を言い出すのだと私は肩をすくめた。

 確かに部活動のチョイスには自分でも驚いたが、もはや理由も覚えていない。まさか、彼が調べている事件は私の過去の部活動に関係があるのか?

「ずっと謎だったんだよ、その振れ幅が」

「当時はそんな気分だったんだよ」

「気分次第で同じ部活動に普通3年も所属するかよ。それでな、俺、昨日唐突に思い出したんだ」

「なにを」

 宗太郎の言葉に私は少し身構えた。

「お前がボードゲームにハマる前、ある女の子の家でみんなでボードゲームやったんだよな」

「……何が言いたい」

「突然バンドマンになるって言ったときも、クラスのある女子が洋楽好きだって話してて、そういえばお前がよく聴いていたCDも」

「おい、やめろ」

 私は唐突に思い出した。

 なぜその部活動を選んだのかを。

 すると目の前の宗太郎は唐突にニヤニヤと笑いながら、手元の卒業アルバムを深夜の通販番組のようにかざしてみせる。

「それで、この卒業アルバムでーす」

 やられた。

 誰を事情聴取するのかと思っていたら、なんと被疑者は私だったのだ。

たつき、お前明日も仕事休みだろ。俺もちょうど非番なんだ。聞かせろよ、お前の青臭い恋バナをよ」

「勘弁してくれ。もう覚えてないよ」

「高校の空手部に入った理由も多分女子絡みなんだろうけど、生徒数多かったし思い当たらないんだよなー。お前がアルバム持ってて助かったよ」

 この暇人が。

 私は内心毒づいた。

 せっかくの休日なのに、とんだ迷探偵に押しかけられたものだ。

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休日の迷探偵 四葉みつ @mitsu_32

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