職人の遺したもの
編端みどり
おじいちゃんの優しさ
「お父さん! お母さん! 見て!」
友人から買い取った雑誌を広げた少女の嬉しそうな声が響く。
少女が取り出したのは、可愛らしいティディベアの専門誌。表紙に写っているのは、すでに他界してしまった少女の祖父が作ったティディベアだ。凄腕のティディベア職人だった祖父が、少女が誕生した記念に心血を注いで作り上げた最高傑作だ。
「これは……間違いなく……父さんの……」
少女の父は、雑誌の表紙に釘付けになっている。幼い頃から寡黙で強面だった父が可愛らしいティディベアを作る姿は、とても真剣でかっこいいと思った。早くに亡くなった母も、父をとても尊敬していた。だから、自分も父のようになりたくて職人の道へ進んだ。
作るものは違っても、父と同じように自分の手で物を作り上げる事が出来る仕事に誇りを持っていた。
だけど、勤めていた会社が潰れてしまったのだ。取引先も連鎖で倒産してしまい、まだ新人で技術のなかった父の再就職先は見つからなかった。
「あなた……見て……もう十年以上前なのに……全く傷んでないわ。子ども達に遊ばせてたって書いてあるのに……やっぱりお義父さんのティディベアは世界一ね」
母は涙を流しながら雑誌をめくった。義理の父はいつも嬉しそうにティディベアを作っていた。定年退職すると、迷惑をかけたくないとさっさと施設に行ってしまった。
施設でもずっとティディベアを作っていたらしい。作り上げられたティディベアはどれも見事で、全て高値で買い取って貰った。
「俺が……心配かけちゃったから……」
父は、会社が倒産した事を家族に言えなかった。母は幼い一人娘を育てる事に必死で、会社に行くフリをする父を疑わなかった。
そのうち貯金が尽きて……借金をするようになった。だが元々真面目な性格の父は借金が恐ろしくなり、親友に相談をした。親友は大金を貸してくれて、家族にちゃんと話をするようにと諭してくれた。
父は、覚悟を決めて家族に話をした。
その後、母は荒れた。
父の隠し事が許せなくて、離婚騒ぎになった。母は娘を連れて実家に帰り、家の中はぐちゃぐちゃになった。
正月に家に帰ってきた祖父は事情を聞いて、笑ってティディベアを渡してくれた。自分もそんなに貯金はない。施設の費用もあるから、遺産はほとんど残せないだろう。
だけど、自分には職人としての腕がある。そう言って長年勤めた会社に連絡を取ってくれた。祖父の作ったティディベアは見事で、会社は祖父のティディベアを買い取る契約を結んでくれた。親友に借りた借金は返せなかったが、他の借金は少しだけ返済できた。祖父は、親友に借りたお金は自分で稼いだ金で返せと父を叱った。
父と祖父は、母に頭を下げて詫びた。
母は夫婦でお金を管理する事を条件に、娘と共に家に帰ってきた。ぐちゃぐちゃの部屋を、家事の苦手な父と祖父は必死に片付けた。戻ってきた母は、父と祖父の努力を感じ取り笑った。
それからすぐ、母は仕事を始めた。
生活は苦しかった。それでも、家族みんなで頑張ろう。そんな雰囲気になり家の中は暖かかった。
祖父は保育所が決まらない孫の面倒をみながら、父に自分の技術を全て伝えた。父が一人で作り上げたティディベアが認められ、父は祖父の勤めていた会社に再就職が決まり、保育所の入所も決まった。
もう良いだろうと施設に戻った祖父は、病気が見つかりあっという間に亡くなってしまった。
祖父は、孫に遺言を託していた。孫が産まれた時に作った最高傑作のティディベア。様々な人に売ってくれと言われても決して売らなかったティディベアの尻尾は物が入れられるようになっており、祖父の遺言が隠してあった。
遺言に、金は遺せないがティディベアは遺せる。会社に話をしてあるから、家にあるティディベアを全て売れ。孫に残した大事なティディベアが一番高値で売れるから絶対に売れ、そして、いつか自分が作ったティディベアより上質なティディベアを孫にプレゼントしろ。そう書かれていた。
文字を読めるようになったばかりの孫の為に、ひらがなの手紙も残されていた。幼い少女は大切なおじいちゃんのティディベアを売る覚悟を決めた。
手紙を読んで、家族はみんな泣いた。
家族は話し合い、祖父のティディベアを全て売った。借金を全て返し、生活は楽になった。父は祖父の言葉を守り、自分の腕で稼いだお金で少しずつ親友にお金を返した。お金を返し終わって、親友とは今でも仲良く過ごしている。
だけど……父は今でも親友にお金を借りてしまった事を後悔している。
父は自分のようにならないように、娘に自身の失敗を話した。大事な人に甘えないように、お金の貸し借りはしないようにと。
娘は父の教えを守り、お金の貸し借りをしない真面目な少女に育った。優しい友人のおかげで、祖父のティディベアの行方を知る事が出来た。
父が娘にティディベアをプレゼントする日がいつ訪れるか分からないが、父は祖父の背中を追って真面目に働いている。祖父が守った優しい気持ちは、これからもずっと家族に受け継がれていく。
職人の遺したもの 編端みどり @Midori-novel
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます