第57話・生の肯定
「なんか大風呂敷広がったなぁ……」
父は呟いた。話が大きくなりすぎて、ちょっとわけがわからないのは僕も同じだ。
「まぁ、なんというかさ、大体の問題って思っているより大きかったりするってことだな! まぁ、私じゃ全体像なんてわからんけど!」
そう言って母はカラカラと笑い飛ばした。それが少し痛快だったのである。
「じゃあどうすればいいの?」
でもそれは怖いのだ。いつだってわからないことは恐怖なのだ。
「大丈夫、ゆーきは他人の不幸は蜜の味か?」
そんな母の問を僕は否定できる。
「できれば不幸なんて感じて欲しくない……」
痛めつけるのが嫌いだ。そもそも不幸が嫌いだ。僕は偽善者なのだ。
「さっすがうちの子! その気持ち、私は大切にしてくれると嬉しい。ゆーきのそういうところも好きなんだ!」
母はよく感情を言葉にする。それもとてもエネルギッシュにだ。
「も? 他にはどこが?」
尋ねると、母は笑った。
「んなもん決まってるよなぁ!」
そして父に目線を向けるのだ。
「あぁ、父さんにもわかる。好きだから、好きなんだ! 理由なんていらない!」
好きだから好き、そう言われて僕はわけがわからなかった。
理由のない好意、そんなものがこの世に存在するのだろうか……。
「わからないって顔してるな。父さんはあんなにひどいことを悠希にしたのに、悠希は許してくれたじゃないか?」
ストンと心臓に言葉が落ちてくる。
それは父が言うからこそ、軽やかに、そして強い説得力を持っていた。だから母は父に言ってもらったのだろう。
「あ……でもそれは、僕を愛してたからだったってことで……」
でも、それでも受け入れるのがなんだか難しいのだ。まるで初めて食べる食材を飲み込もうと言わんばかりの感覚だった。
「うっせえ! 撫でくりまわずぞ!」
そんな脅しがあってたまるかというものが母から飛んできた。
「あ、はい!」
でも、びっくりして飲み込んでしまったように感じる。
これも冗談のたぐいで、心地がいい。
「信じてくれただろ? あんなにひどいことをした父さんが、悠希を愛してるんだって」
考えればわかる。でも、信じなかったら考えられただろうか……。
困っていて、それなのにどこか安らかに笑う父にその消化を促された。たまに母は感情による力技をやる気がする。
「うん、そっか……」
どこかで無意識で無条件の愛情を僕は父に向けていたのだ。幾多の辛い思い出を跳ね除けるほどの強さで。それはきっと僕がそれを受け取った経験があるからなのかも知れない。
「思い出すよ。悠希を初めて抱いたとき。ちっちゃくて、壊してしまいそうで怖かったなぁ。でも、可愛くって……。真っ赤だったんだぞ、体中どこもかしこも!」
母だったら複雑に思うと危惧したが、母を見ると全くそんなことはなかった。
ただ、ちょっとふにゃりと笑っているだけだった。
「赤ん坊なゆーきとか絶対可愛いじゃん!」
まるでそれが脳裏に浮かんでいるみたいだ。
「あぁ、可愛かったなぁ! 手なんてな、手じゃないんだ。あれは、おててだったなぁ……」
いや意味がわからない。
「写真は!?」
母が言うと、父は携帯を取り出してすぐに画像を開いた。
「これだ……」
親というのはこうなのだろうか。我が子の小さな頃の写真をすぐに取り出せるのだろうか。
「クッソカワイイ!!!!」
それはもはや咆哮だった。
嫌ではない。嫌ではないんだが、どんどんと顔が熱くなる。
「あぁなるのもよくわかるだろ?」
父は、僕の方を見て言う。
決して嫌ではないのだ。だが、体中の水分が沸騰しそうなのだ。
「納得だ! 将来は美人になるぞ!」
ままま、えやろ。美人でも構わんやろ……。
「決まってる! 俺の子だぞ!」
ただ、それは看過できないのである。
「息子だよ!!!!」
僕の性自認は断固として男だ。ほかの何が変わっても、断固としてそうなのだ。
いや、これは羞恥心の発露だ。
「まぁまぁ、絶対に揺らがない条件。父さんの子。それも、悠希が好きな理由だ!」
雰囲気はとても和やかになっていく。ただ恥ずかしさでいっぱいの僕をおいて。
恥ずかしいのは恥ずかしい。でもとても嬉しいのだ。
「よし、お前を解禁する!」
こんな経緯を経て、父は『お前』という言葉を解禁された。もう僕を尊重しない扱いは父には不可能だろう。
「今更使えるかなぁ……」
父はのんきに笑うのだ。
「うぅ……」
ただ、複雑な感情で、僕は唸ることしかできなかったのである。
でもまぁ、幸せだ。これが僕の人生なのだ。
βテスト踏破系配信者と動乱家族日記ー哲人継母は最大多数の最大幸福を目指すー 本埜 詩織 @nnge_mer2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます