ウサピョンとレミ

岩田へいきち

ウサピョンとレミ


 少女は、いつもそのウサギを連れていた。

ウサギと言ってもただのぬいぐるみだ。白くて耳が長〜いウサギ。耳の中は、ピンク色の生地が高級な洋服の裏地のように丁寧に縫い付けてあった。目は艶消しの真っ黒い縦長の楕円形で、一見無表情に見える。長い耳をもって吊り下げると40センチほどあり、5歳のレミにとっては、やや大きかった。いつも連れているから外側のフワフワだった毛は寝てしまって薄黒く汚れかけていた。


でも、レミは、このウサピョンと離れることが出来ない。自分の部屋にいる時は、ウサピョンの定位置、勉強机の上があるから、そこに置いていれば、離れていても平気なのだが、一旦、部屋の外に出るとウサピョンに接していなければ不安になる。

ご飯を食べる時もトイレに行く時も。さすがにお風呂に入る時は、連れて入れないから脱衣場に置いているがウサピョンに触れていないので、不安でしょうがなく、急いで風呂を済ませる。

家の外に出かける時も持って出るので、ウサピョンには、汚れもだんだんと着いてくる。お母さんと出かける時もお父さんと出かける時もお父さん、お母さんと3人で出かける時も連れて行く。

レミにとって4人で出かけている感じなのかもしれない。


 このウサピョンは、まだお母さんとお父さんの仲が良かった、レミの3歳の誕生日に買ってもらったものだ。最初の一年間ぐらいは、連れ出すことはなかったが、徐々に連れ出すようになり、家の中でも手放せなくなった。


 そして、5歳、汚れも目立ってきたウサピョンをいつまでも手放さないレミにイライラしながら注意をするお母さんだったが、強情にそれだけはやめないレミに辛く当たりながらも半ば諦めたのかそれに関してもう強く言うことは無くなっていた。


お父さんが家に帰らない日が増えてきた一年前ぐらいからお母さんのイライラが目立つようになり夫婦喧嘩もレミの前でもするようになった。

そんな時、レミは、二階の自分の部屋へ逃げ込んだ。何時もは、飾っているウサピョンと布団の中に入るのだ。

お父さんがお母さんを叩いたりしているようでもあったが、レミは、それを想像だけで感じて、実際にその場面を見ることはなかった。


そして、最近は、お父さんがほとんど家に帰って来なくなった。レミは、昼も夜もずっとお母さんと一緒である。二人きりと言うよりもウサピョンも入れて3人きりだろうか。


遂にお母さんがレミを叩くようになった。


「なに、いつまでもそんなうす汚い、気持ち悪いぬいぐるみ、かかえてるんだい」


張り倒された勢いで、ウサピョンも飛ばされる。レミは痛いと言う表情も出さず、ウサピョンに飛び付き、抱え上げて自分の部屋へ逃げ込む。


そんな日々が続き、レミは、小学生になって学校へも通うようになった。さすがに学校でウサピョンを抱っこしていると注意されるのでウサピョンをぎゅうぎゅうにしてようやく入るコンパクトな手さげ袋に入れて行き来していた。


そして、高学年になるたびにお母さんの暴力は酷くなり、より遠くまでウサピョンも飛ばされた。それでも、レミはやっぱり、ウサピョンを慌てて抱き上げて自分の部屋へ逃げ込んでいた。

しかし、翌日になるとまたお母さんの作った朝ごはんを食べて学校へ向かうのだった。

そんな小学生時代が終わり、レミが中学生になった頃、ウサピョンは、レミが洗ってやったりすることも出来るようになったので白さは多少取り戻していたが、全体的な傷みが目立つようになっていた。取れかかった手足は、レミが小学校時代に習った裁縫で補修していたが元のようには戻っていない。とても下手くそな補修のように思えた。

相変わらず、母親の暴力は続いていた。でも、レミは、家を出て行こうとは考えなかった。お母さんは、ご飯を作って食べさせてくれるし、洗濯や掃除もしてくれているからと、そうは思わなかったのである。


そんなある日、お母さんが死んでしまった。


  その日は、テストで学校も早く終わるからとウサピョンは、部屋に置いたままにして出ていた。

やっぱり、ウサピョンがそばにいないレミは、落ち着かず、三限目の科目が終わったら急いで、ウサピョンの待つ自分の部屋へ走り帰って来た。しかし、ドアが開かないと思ったら、お母さんがレミの部屋のドアノブに首を吊って亡くなっていたのだ。

 

 それからレミは、帰って来たお父さんと二人で暮らすようになった。


 レミは、前のようにウサピョンを連れて出る事はなくなった。

そして高校へも連れて行く事はなかった。

ウサピョンは、レミの机の上でお留守番である。レミが高校へ通うようになって、お父さんもちゃんと家事をやっていたが、いっこうに手伝おうとしないレミにイライラが募って、遂にレミに手を挙げた。

レミは、お母さんにされてた時と同じように自分の部屋へ逃げ帰り、ウサピョンとベッドへ入った。けれどもやっぱり、翌日になったらウサピョンを連れて朝ごはんを食べるのである。

そしてまたウサピョンを連れ歩くようになった。


 ある晩、レミは、またお父さんに叩かれた。

そして、部屋へ逃げ込み、ベッドの中へ入ろうとした時だった。


「やめて、もうやめて。私の手足、もう元に戻らないよ。レミがいつまで経っても私を叩いたりねじったりするのをやめないから私の身体は、もうボロボロだよ。でも、レミがいないと私の居場所はないからあなたは殺さない。今度は、お父さんも殺して欲しいの? レミの居場所も無くなるよ」



終わり

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ウサピョンとレミ 岩田へいきち @iwatahei

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